607 謎の人物(またもや)現る
この領地を治めている貴族が、領民の人たちから「アホ領主」呼ばわりされていることには当然のように理由がありまして。
跡を継ぐよりも前の若い頃は、領地をあっちへうろうろこっちへうろうろと放蕩三昧だったのだとか。まあ、皇帝に近い血筋のどこかの誰かさんも似たような設定で国中を見て回っている訳ですが。
加えて彼の場合、出入りの商人からだけでなく、そうやって足を延ばした先で見つけた珍しい物を金に糸目を付けずに買い漁る浪費家でもあったらしい。
これの一部に関しては領民たちの思わぬ収入となることもあったそうで、一概に悪いとは言い切れないところだったみたい。と、ここまでならばよくある貴族のドラ息子ですんだ話だった。
しかしその後、彼が領主となると行状は悪い方向へと加速していくことになる。文官武官を問わず、口うるさい譜代の家臣たちを降格させたり遠ざけたりする反面、典型的な太鼓持ちやイエスマンばかりを周囲に侍らせるようになった。
そこからはもうただひたすら坂道を転がり落ちるだけだったそうだ。ブレーキ役がいなくなっているのだから当たり前の話だわね。
財政は悪化の一途をたどり、周囲や関係のある貴族だけでなく、商人からも借金をするようになっていった。今回の緋晶玉採掘は、そんなどん底にある状況を引っ繰り返すことができるまたとない好機だったという訳だ。
「それでも、やけにタイミングがいいなと思っていたら、そういう裏があったとはね」
物陰からこっそりと領主一行、特にどこかで見たことのあるローブ姿の様子を盗み見る。フードですっぽりと頭を覆い、表情のほとんどが隠されてしまっているところまで『土卿エリア』の山中の地下洞窟で遭遇したあいつにそっくりだわね。
ついつい向ける視線が鋭くなってしまっていることは、大目に見てもらいたいところだ。何せボクたちがこの地に転移する原因となった人物であり、一兆億万分の一程度の確率ではあるけれどディランたちの仇かもしれないのだから。
うん?転移はボクが魔法を暴走させたからだろう、って?
直接的にはその通りなのだけれど、そこに至ったのはローブ姿の怪しいあいつに追い詰められてしまったからだ。
という訳でボクは悪くない。おまわりさん、あいつです。
「リュカリュカ、落ち着いて」
ボクから発せられる不穏な空気を察知したのだろう、ネイトがそっと背中を撫でさすってくれる。
「大丈夫。ボクは冷静だよ。少なくともいきなり襲い掛かってしまうほど頭に血が上ったりはしていないから」
「襲い掛かるだなどという物騒な発想している時点でアウトですわ」
そう言ってミルファがボクの左腕を両手でつかむ。そのまま引き寄せられそうになり、思わずよろけてたたらを踏みそうになってしまう。
え、ええ……?
はたから見ると今のボクはそれほど危なっかしいように感じられてしまうのだろうか?本当に飛び出していったりするつもりはないのだけれど……。
「あれが居るってことは、アホ領主は『ジオグランド』と関係があるのかな?」
帝国打倒を掲げる過激な貴族一派と繋がっているという話だったけれど、もしかすると真実を隠すための欺瞞情報かもしれない。
「一概にそうとは言い切れませんわね。件の貴族連中の背後に『ジオグランド』がいるのかもしれませんし、もしかすると『土卿王国』と合わせてあのローブの者たちに良いように使われているとも考えられますの」
「なるほど。あの連中こそが黒幕ってことね」
大陸各地の有力者や権力者に取り入る謎の集団。あるかなしかで言えば、十分にあり得る展開だわね。
これが実は全てアホ領主の計画によるものだった――な、なんだってー!?――ならば、ボクたちはとんでもない思い違いをしてしまっていることになるのだろうけれど……。
彼を擁護したり褒めたりする言葉はついぞ聞くことがなかったからねえ。その線は推測に含まなくてもいいでしょう。
「怪しいローブの連中が黒幕だと仮定するとして……。アホ領主たちと一緒にやってきたあいつは、ボクたちのことをどのくらい知っているんだろう?」
例えば、『土卿エリア』でのあれこれを全て知られている場合、ボクたちはかなり不利な状況となってしまう。遠距離間での情報のやり取りができているということもさることながら、ボクたちの手の内をあらかじめ読まれてしまっているかもしれない上に、おじいちゃんたちを人質にとるといった非道な手段を取られるかもしれない。
特に後者は、こちらにそれを確認する方法がない以上、それらしく振る舞うだけでもボクたちのみ動きを封じることができてしまうのだ。
「最悪なのは、地下洞窟であったあいつと同一人物の場合かな」
「自爆覚悟の無茶なやり方ではありましたが、一度はリュカリュカにものの見事に出し抜かれていますからね。同一人物であれば隙を見せないどころか、油断を誘うことすらできないでしょう」
まあ、あちらからしてみれば兵士たちに洞窟の入り口を固めさせるという圧倒的に有利な状況で、しかも目的だっただろう緋晶玉の確保を達成する直前に、ボクのやけっぱちな魔法の暴走でその全てを台無しにされた訳だものねえ。
これで再び慢心していたり、油断したりするようであれば、本物のおバカさんだというより他ない。
「ローブの者たちがどれほど優秀なのかは知りませんけれど、一人でいくつもの国の陰謀を進めるというのは、現実的ではないように思えますわ」
と言うミルファの意見ももっともだよね。『ジオグランド』も『フレイムタン』も大陸屈指の大国だ。
加えて『火卿エリア』は長らく続く内乱のせいで『転移門』の利用ができない分断状態でもある。国を越えての行き来など簡単に行えるものではない。
独自の移動手段を持っていることもあり得なくはないが、エルーニやリシウさんの部下の人たちの誰にも気付かれていない、というのも少々考え難い。
多少の情報のやり取りはあったとしても、基本的にはそれぞれの国でそれぞれに活動していたという方が妥当であるようにも思える。
「それなら……、アホ領主共々上手く失脚させることができるかもしれないね」
もっとも、ボクたちが仕掛けるよりも先に、冒険者や冒険者協会とのいざこざが待ち構えているのだけれど。
さてさて、どうやって切り抜ける――もしくはドツボにはまる――のか、高みの見物といきましょうか。




