603 お役に立つよ
「う、ううむ……。にわかには信じがたい話だな……」
これまでのボクたちの足跡、『土卿王国』からこの迷宮に至るまでの経緯をそれなりに詳しく説明したところ、リシウさんは難しい顔でそう呟いたのだった。
「酷い。嘘なんて言ってないのに……」
よよよ……、と大袈裟に泣き崩れる真似をしてみるも、誰一人として慌てる様子は見られない。正確にはリシウさんの背後で熊獣人さんが少しオロオロとしていたのだけれどね。
それでも持ち場を離れて近寄ってこようとしなかった辺り、彼の部下兼護衛役としての立場をしっかりと理解しているのだろう。
他の人たちもその点に関しては同じであるようでして。
それに、リシウさんたちの反応は当たり前の物でもあるのよねえ。こちらでは通信網なんてものは整備されていないから、遠く離れた他国の情報を得るには、相応の労力と時間とついでにお金が必要になってくるのだ。
むしろこの辺りは、チキューの裏側の出来事がタイムラグなしで瞬時に知ることができてしまうリアルの方が異常だとすら言えてしまう訳で。
何が言いたいのかというと、ボクたちが語った内容が真実であるのかどうかをリシウさんたちが確認をする術がない、ということだ。
街道で拾ってもらってから数日、ボクたちの為人はそれなりに理解してもらえていたことだと思う。しかし、反対に言えばその程度の仲でしかなのだ。
仮にボクが今リシウさんから裏付けを取ることができない話を聞かされたとすると、その全てを鵜呑みにすることはできないと断言できる。
だからこそ、あちらの態度を苦々しく思うこともなければ腹立たしく思うこともない。
まあ、主にリアルでの時間が押していることもあって、「信じるにしろ信じないにしろ、さっさと対応を決めて」とは思っているけれどね。
「先に言っちゃうと、ボクたちのお願いは国境をスムーズに抜けられるように、リシウさんに一筆書いて欲しいってことだよ。それぞれの領地間を移動の時にも効果があればさらに良し!」
これもまたボクたちを信用できるかどうかの判断材料になるだろうと、ついでにこちらの要望も伝えておきます。
後半については絶対ではないのだけれど、領主間で敵対しているところも少なくないようなので、何らかの利用制限はあってもできれば頂いておきたいところだ。
むしろ盗まれたり奪われたりしたときの保険として、絶対に悪用なんてできないようにしっかりとした制限を付けておいてもらいたいです。
「そうそう、代わりに何でもは無理だけど、できることならお手伝いするからね」
「先ほどの情報の対価じゃないのか?」
「あんな裏の取りようがない情報で、報酬をせしめようとする気はないよ」
ここの領主に敵対するような真似をしてまで迷宮を攻略した理由を説明する上で欠かせなかったから話しただけのことなのだから。
内輪で喧嘩ばかりしている場合じゃないぞ、と危機感を煽ることも少しは含まれていたけれどね。
「とはいえ、見ての通りボクたちはか弱い女の子だから、あんまり荒事とかには向いていない訳ですが」
「いやいや、若手の冒険者を思いっきりボコボコにしていたよな?イフリートを召喚できるってことで、あいつらかなりの有望株だったみたいだぞ。それどころか迷宮まで攻略してきたじゃないか」
そんなこともあったね。あれ以来あの若者たちと顔を合わせることもなかったし、冒険者協会出張所の連中も目に見える邪魔をしてくることはなかったから、ボクの中では完全に過去の終わったことになっていたわ。
とりあえず「あはは」と愛想笑いをして誤魔化します。
「まあ、運良く腕のいい冒険者と知り合えたとでも思っておくか」
「冒険者の等級はあんまり高くないけどね」
クンビーラにいた頃はさておき、旅に出て以降は依頼を受ける数が激減していたから。アッシュさんたち行商人トリオの護衛をしたのが正式な依頼を受けた最後だったような気がする。
ドワーフの里で受けた集落跡地の探索は非正規のものだったし、何よりその最中に『火卿エリア』に転移させられてしまったから、例え正規の依頼であっても時間切れで失敗扱いになっていたことだろう。
そんなこんなで、色々と大冒険をしてきたボクたちだが、冒険者としての評価はそれほど高くはなっていないのだった。
「なに、等級が低くとも優秀だという冒険者はいるものだ」
確かに強さの基準となるレベルとは別物だからね。極端な言い方をすれば等級というのは『冒険者協会』にどれだけ貢献したかを示す指標でしかなく、上げたところで協会からのサポートを受けられるようになる程度のメリットしかない。
もっとも、『冒険者協会』が世間一般に認められている超国家組織であるため、『その程度のメリット』がバカにならないものとなっているのだけれど。
「……評価してくれている分の働きはできるように頑張るよ。それで、ボクたちは何をすればいい?」
「ふうむ。そうだな……」
「それなら大将、ここの領主の始末を任してみちゃあ、どうですかい」
と会話に割り込んできたのは、出会った当初からリシウさんに軽口を叩いていた青年だった。
ああ、多分彼はエルーニと同業だね。
そう考えた理由?独特の口調だからさ!
……というのは冗談でして。でも乙女の勘というか、直感的なものなのは間違いないのよね。そして先ほどボクたちが内輪で話し合っていた時に監視していたのも、恐らくは彼だろう。
それはともかく、どうしてリシウさんたちがアホ領主を倒そうとしていたのかと言いますと、この領地を含む『聖域』の森の東側一帯は、国内で有数の穀倉地帯なのだそうだ。
それにもかかわらず、アホ領主が突然各村の男性陣をかき集めて何やら怪しげな労働を強制させ始めてしまった。すぐさまどうこうなる訳ではないけれど、近い将来に食糧不足を引き起こしかねない。
そんな理由でこっそり調査を始めたのだが、どうやら現帝国を打ち倒すと公言してはばからない一派と繋がりがあることが判明したのだとか。
「嬢ちゃんたちとここの領民たちには浅からぬ縁があるようですし、あっしらが出張るよりは自然な形で片を付けることができるんじゃないですかい」
「うん。倒すだけなら何とかなると思うよ」
アホ領主の代わりとなる人材の派遣だとか、これを機に侵略しようとする周囲の抑え込みといった、諸々の面倒事を引き受けてくれるのであればね。




