597 来る者は拒まず
まず、多くの人が抱いているだろう疑問から始めようか。
「え?迷宮核って魔物扱いなの!?」
答えはイエスだ。ゲーム経験が浅いので他の作品ではどうだか知らないけれど、少なくとも『OAW』とその元となった『笑顔』では特殊な魔物扱いとなっている。
チーミルやリーネイの『特別人形』と似たような扱いだと思ってもらえれば、それほど間違ってはいないと思う。
そのため、一応テイムもできればサモンもできるということになっているのだ。まあ、最初に〔召喚〕で現れた時には、バグかもしくは設定ミスかと騒ぎになったらしいのだけれどね。
さて、「一応」とつけたことには当然理由がありまして。
迷宮核がその本領を発揮することができるのは、迷宮の中ということになる。そして迷宮は一度設置してしまうと移動させることができないとされている。
そして迷宮を拠点や活動の中心に据えるのであれば、<テイマー>や<サモナー>よりも<ダンジョンマスター>にクラスチェンジする方が、できることも増えるし効率も良い。
つまり、わざわざ一枠を潰してまで迷宮核をテイムやサモンする理由やメリットが乏しいのだ。
現在では『笑顔』の方でも完全におもしろネタプレイという扱いになっているそうです。
「自分たちだけの迷宮が作れるっていうのは魅力なんだけどね」
それだって本職である<ダンジョンマスター>には敵わないからねえ。
例えば迷宮内の移動。ダンジョンマスターであれば本人だけでなくパーティーを組んでいる人たちも、ランダムでアイテム消失というデメリットなしに全ての階層を行き来することができるようになる。
加えて、罠のオンオフを始め、出現する魔物から採取採掘できるアイテム類まで自由に取り決めることができるのだ。
まあ、レア度の高いアイテムや高レベルの魔物を配置するためには、「迷宮の成長」というものが必要となるそうだけれど。
「それでは、その迷宮核を〔調教〕しないのですか?」
穴の縁から覗き込むようにしながら、ネイトが問いかけてくる。
「ううん。テイムするよ」
来る者は拒まずがボクのスタンスなので。
え?いつからそうなったのか?
つい先ほどですがなにか?
ちなみに、一次上位職へのクラスチェンジが行えるようになったレベル二十になった時点でテイムできる魔物の数は一体増えていたので、「テイムしたくても枠がない!?」というお間抜けな展開になることはございません。
「今までのあれやこれやの説明は何でしたの……」
「冒険者全体としてそういう流れになっているってことは、知っておいても損はないと思うけどね。それにテイムすればこの迷宮とコアとの繋がりを絶つこともできるようになるから、ボクたちの目的を果たすこともできるっていう寸法なのよ」
さらに言えばキメラの素材もはぎ取れなかったから、迷宮探索としてはかなりの赤字となっていたのだ。少しは元が取れるように動いても罰は当たらないと思います!
「それじゃあ、サクサク進めるよー。〔調教〕!」
技能を使用するとピカッと光ってテイム完了。呆気ないようにも感じるが、長々とド派手な演出をされるよりはマシというものだろうね。
《テイムした迷宮核に名前を付けてください》
うおっと、そう言えばまだそんな大仕事が残っていたのだった。
「えーと……。コアを反対にして『アコ』、とか?」
うん。我ながら安直だ。安直ここに極まりけりというほど安直だわね。
まあ、あくまでも第一弾として思い浮かんだものをそのまま口にしただけだったのでこれからしっかりと考えていけばそれでいいんじゃないかと思ってみたりなんかしちゃったりして。
誰に言うでもなく言い訳じみた台詞を胸中で呟いていたところ、手にしていた球、迷宮核がピカピカと明滅を繰り返し始めた。
「も、もしや……!?」
「気に入った、というのですか!?」
ミルファさんにネイトさんや。その慄くような口調は一体どういう意味かな?喧嘩の移動販売をしているのであれば、安く買い叩いてあげましょうか?
コホン……。二人の言い様については後で追及するとしまして、こうして迷宮核改めアコちゃんが正式にボクたちの仲間に加わることとなったのだった。
「これからよろしくね。と言っても、しばらくは迷宮を作る予定もないから、当面の間は『ファーム』の中で過ごしてもらうことになると思うけど」
誰が味方で誰が敵なのかすらはっきりしない『火卿エリア』で、迷宮を建てるつもりは毛頭ない。ダーティーなあの手この手を使って取り込まれた末に、いいように扱われる未来しか思い浮かばないです、はい。
仮に設置するとなると、ボクの冒険の始まりとなりミルファの実家もあるクンビーラの街の近郊が良さそうに思えるのだけれど、あちらはあちらで超有名どころの『迷宮都市シャンディラ』があるからねえ。
隣接する『武闘都市ヴァジュラ』との関係も改善の兆しすら見えない状況だし、残念ながらボクの一存でどうこうできたりはしないだろう。
「警告。維持不能のためこの迷宮は後三時間で消滅します。直ちに避難してください。繰り返します。維持不能のためこの迷宮は後三時間で消滅します。直ちに避難してください」
アコを活躍させてあげられる機会はまだまだ先のことになりそうだ、などと考えていたところ、ふいにインフォメーションにも似た音声が辺り一面に響き渡る。
「ボクがアコをテイムしちゃったから、この迷宮との繋がりが切れちゃったんだね」
全く驚いていないと言えば嘘になるけれど、予想していたことであり残り時間もそれなりにあるから、焦るほどのことではない。
「領民の人たちが採掘に従事させられていたのは地下一階ですし、問題なく迷宮の外に逃げることができるでしょう」
「問題は地下二階より先に進んでいる冒険者たちということかしら。ですが消滅までまだ三時間もありますし、迷宮入り口に繋がる各階層の転移魔法陣がある場所まで逃げ帰るくらいの余裕はあるはずですわね」
正直言ってそんな連中のことまで面倒を見られないし、見ようとも思わない。くさっても冒険者なのだからその程度は自分たちで何とかしてもらわないと。
警告のアナウンスをBGMにしながら、ボクたちもまた迷宮から脱出するために地下十階へと向かうのだった。




