596 穴の底
結論から言おう。穴の底で土に埋もれかけていたものこそ、ボクたちが探していた迷宮のコアでした。
「でも、どうしてあんな所に?」
「どうしてと言われましても、疑似ダンジョンマスターの自爆に巻き込まれたからではありませんの。これだけの破壊力でしたら、余波だけでも相当なものになるのではなくて」
つまりは爆風に巻き込まれて、ピンボールの球かゴム製のスーパーボールのように部屋中を跳ねまわった末にこの大穴へと落下してしまったということだね。
「ごめん、言葉足らずだった。ボクが聞きたかったのは、どうしてあの場所にあったのか?ってことじゃなくて、どうしていつまでもあんな場所にいるのか?ってこと」
核というものは、迷宮で最も重要なパーツだ。
例えダンジョンマスターがいても、核がなければ迷宮を作ることはできないし、逆に迷宮核さえあれば、ダンジョンマスターがいなくても勝手にある程度迷宮は成長することができるのだ。
ここからが本題ね。無機物で身動きが取れないと思われがちな迷宮核だが、実は作り出した迷宮内限定で動くことができるのだ!『冒険者協会』に収められているデータによると、過去には自らの複製を大量に作り出して、それらと一緒に突撃を仕掛けてくるアグレッシブで武闘派の迷宮核もいたそうです。
まあ、迷宮核の強化を優先していたからなのか、迷宮自体は階層も少なく、生息する魔物も出現する宝箱の中身もかなりしょぼいものだったらしいけれど。
これは極端な例だとしても、破壊しようとしたコアが階層内を逃げ回るというのは、冒険者界隈では割とよく聞く話であるようで。
おじいちゃんたち『泣く鬼も張り倒す』の武勇伝カッコ笑いの中にもコアとの追いかけっこの話題が含まれているし、ゾイさんの体験談でも似たような出来事を話してくれたこともあった。
「言われてみれば、逃げ出すどころか土砂を取り除くこともしないというのは、おかしな状況ですね……」
隠れていると考えられなくもないけれど、ごらんの通りリーヴに発見されてしまっているからねえ。
「こちらの油断を誘っているのか、それとも本当に身動きが取れなくなっているのか」
「極端な二択ですわね。ですが、前者だと想定して行動していれば、少なくとも無防備なところを晒すことだけは防げるように思えますわね」
えーと、今のミルファの台詞って、言い換えるならば「攻撃されると分かっていても、対応できるかどうかは不明」ということよね……。
まあ、実際にその通りではあるのだけれど、もう少しきっちりかっちりとした対策案が欲しかったなあ。
「あ、そう言えば〔鑑定〕の結果をよく見ていなかった」
確認のために技能を使用したのだが、名前だけで他の部分は放置したままになっていたのだった。
よくよく思い返してみると、一回目の時も疑似ダンジョンマスターが反応したために、詳しい内容に目を通せてはいなかったのよね。
これは一度しっかりと見ておかなくてはいけないでしょう。
「三度目の正直の〔鑑定〕!」
技能を使用した瞬間、ずらずらとコアについての情報が視界内に書き記されていく。
「ほわっつ!?」
「どうしたのですか!?」
ボクの奇声に反応して詰め寄ってくる仲間たちを押し止めながら、問題の一文を再度視界に表示させた。
それによると、『現在迷宮外にあるため、力のほとんどが使用できない状態となっている』らしい。
そういえば大穴の下半分は土になっていて、迷宮の管轄範囲を超えているのかも?とか話した記憶があるよ。その点も踏まえてミルファたちに知り得た情報を話していく。
「な、なるほど。迷宮の管轄外にまで落ちてしまった結果、身動きが取れなくなってしまったということですのね」
「まさかこんなことになるなんて、自爆した疑似ダンジョンマスターですら思いもよらなかったことでしょう」
巻き添えにしてボクたちを倒す、それができなくてもコアが隠れるための時間稼ぎにするつもりだったはずだからねえ。
ところがどっこい、蓋を開けてみればものの見事にすべてが裏目に出たような状況となっているのだから浮かばれない。
もっとも、そもそもいきなり自爆するという判断自体がおかしいと言えばおかしなことだったのだけれど。
「力は使えないみたいだから、近付いてみることにしますか」
「大丈夫でしょうか?」
「多分ね。一応ネイトはこのまま〔警戒〕を続けておいて。ミルファはネイトの護衛ね。トレアも怪しい所があったら、バンバン矢を撃っちゃっていいから」
そう言い残してエッ君とリーヴをお供に大穴を滑り降りていく。
うちの子たちの中でトレアだけ仲間外れになった形だが、穴の大きさ的に彼女が中に入るとちょっと手狭になってしまうから、我慢してもらうしかない。
破壊された床材の断面はギザギザのトゲトゲで、リアルであれば触れただけで怪我をしてしまいそうだ。ゲームだから見た目の演出でしかないのだけれどね。
こういう部分をどこまでリアルに近づけるべきなのか、運営は日夜頭を悩ませているのだという。
見た目オンリーなだけとなってしまうと白けてしまうが、リアル準拠にしてしまうとゲームの爽快感などに水を差してしまうことになる、といった具合だ。
しかも、この辺りのバランスが上手く取れている作品ほどユーザー受けしている、とは一概に言えるものでもなかったりするのよね……。
本当にメーカー泣かせ、運営泣かせな部分だと思うよ。だからと言って、ボクに何かができる訳でもないので「運営頑張れ」と心の中で応援するに留めておく。
そうこうしている間に迷宮の管轄を抜けたのか地面が土へと変化する。
足を取られないように少し踏み固めておく。こういう一手間がいざという時の動作に影響したりするものなのだ。
まあ、そんな緊急事態が発生しないことが一番いいのだけれどね。山あり谷ありなイベントがあってこそ、盛り上がりのある展開が起きてこそのゲームだから、のんびりまったりな流れは期待できないと思っておかないと。
特にボクの場合は『冒険日記』としてある程度公開しているから、その傾向は強いだろう。
「ふむふむ。無造作に近付いたのに迎撃もなければ、罠が起動する様子もないみたい。どうやら本当に力を失っているようだね」
より正確に言うなら、力が使えない状態、ということになる。
万が一にも迷宮の管轄内に入ることがないよう座り込んでから、被っていた土を取り除いて迷宮核を掘り出す。
《迷宮核が仲間になりたそうにしています。テイムしますか?》
ああ、そう。そういう展開が来ちゃうのね……。




