585 吹っ切れて……いない
まあね、餌をあげたくらいでボス戦がなかったことになるだなんて、そんなうまい話があるはずがなかった。それ以前に餌をあげられるような雰囲気ですらなかったし。
開かれた扉の向こう、対ボス戦専用の大部屋でキメラはやる気――殺る気?――満々と言った顔つきで「グルルル……」と唸り声を発していた。
あ、エルーニはちゃんと地下十階で待っていてくれました。来るのにかかった時間は休憩も込みで三時間半くらいだってさ。
予想はしていたとはいえ、どれだけハイスペックなのよ。ボクたちなんて一日がかりの十時間近くも必要だったというのにねえ。
エルフの高性能密偵さんへの愚痴はこれくらいにしておこう。なんと言っても彼のお陰でこうして万全の態勢でキメラ戦に臨めている訳だからね。
それでも楽勝どころか「本当に勝てるのだろうかな?」と不安になるレベルでしかないのだけれど。
これは下手に情報を漁ってしまったことが裏目に出てしまったかもしれない。
当たり前のことだけれど、勝てないと諦めてしまっていてはどうやっても負けてしまう。例え勝てるだけの実力があったとしても、それを発揮することができないのだから同じ結果となる。
つまり、全力を出し尽くすことができるのは、心のどこかで「もしかして勝つことができるかもしれない」と考えているからこそなのだ。
スポーツなどで予想外の大穴が勝ったり大番狂わせが起きたりするのはこのためだ。
対してボクたち、ううん、今のボクはどうだろうか。
これと言った攻略情報を見つけられなかったからと、「負けるかもしれない」とか「勝てないかもしれない」と言った臆病風に吹かれているのではないだろうか。
「っ痛ぅ……」
両手で頬をピシャリと叩く。
痛い。戦闘でのダメージは軽い衝撃を感じるだけなのに、どうしてこういう行為だと痛みを感じるのか。
まあ、脳波がどうとか感覚神経があれやこれやと言われても理解できないだろうから、今のことろ――将来的には必要になってくるかもしれないが――詳しい話はどうでもよろしい。
今重要なのは、その痛みによって思考と視界がクリアになったということだ。
「ようやくまともな表情になりましたわね。戦いが始まりそうになってもまだ腑抜けた顔のままであれば、頬を張ってでも目を覚まして差し上げようかと思っていましたけれど、手間が省けましたわ」
「ありゃりゃ。いつの間にうちのお嬢様は体育会系、いや、武闘派になっていたのやら」
「元々そうだったような気がしますけど。というかミルファに会うまでは、姫騎士だの何だのと言うのはお話の中だけの存在だと思っていました」
ボクの軽口にネイトが苦笑しながら続ける。
現場主義と言えば聞こえはいいけれど、下手に身分や位の高い人が最前線に出でたりすると、他の人たちの足を引っ張ったり足並みを乱したりすることに繋がりかねないからねえ。
「ふふん。クンビーラでは出自や血筋よりも、実力の方が評価されていましてよ」
そう言ってミルファが胸を張る。残念だったね、エルーニ。皮鎧を装備しているのでお胸がふるんと揺れる、なんていうちょいエロは発生しないのです。
ニンマリと素敵な笑顔を向けてみれば、慌ててそっぽを向くところでした。
ちなみに、ミルファの場合は類いまれなる資質と本人のたゆみない努力、あとは婚約者であるコムステアさんの影ながらのフォローによって、騎士団や衛兵隊に受け入れられていた、ということであるらしい。
なので、特殊な事例であることに間違いはないです。
まあ、元騎士団長が宿屋の料理長をやっているような街だからね。自由交易都市という性質とも相まって、色々と大らかな気質になっているのかもしれない。
いつの間にやらネガティブな感情はすっかり消え去ってしまっていた。
いやはや。持つべきものは気心の知れた仲間だね。
「ではでは、キメラ退治といきますか」
「久しぶりに全力を出すことができますわね。相手にとって不足なしですわ」
鵺は幻だったし、迷宮の探索では常に余力を残しておく必要があったからね。ミルファが好戦的な顔をするのも仕方のないことだったのかもしれない。
そしてこちらの戦意の高揚に呼応するかのように、キメラの唸り声も大きくなっていく。
「しっかり気張りいや」
「頑張るよー。あ、エルーニも一緒にやる?勝てば次の階層に進めるよ?」
「お断りや。自分らと長いこと一緒におったら、居心地が良うなって引き込まれそうやからな」
ダメ元で勧誘してみるも、やっぱり断られてしまった。
後半の居心地が良いうんぬんは社交辞令でしょうな。
「あら、残念。せっかくこき使える相手ができるかもと思っていたのに」
こき使うは冗談だけれど、シーカー系やシーフ系の技能持ちは何かと重宝するので、欲しい人材であるのは本当のところだ。
「一番は突っ込み要因としてだけど」
「そっちかい!?」
ふふふ。やっぱりいい反応だわね。
「リュカリュカ。キメラを倒しに行くのではなかったのですか?」
「はっ!?いやいや、忘れてないよ。こうやってわざと余計なことをして、キメラが焦れたりしないか確認していたんだよ」
「それ絶対今思い付いたことやろ!」
ええい、黙らっしゃい!
ほら、エルーニが余計なことを言うから、ネイトもミルファもすっかり疑いの眼差しになっているではありませんか!
やっぱりボクたちのパーティーに突っ込み役なんて必要ないね!
「はあ……。もう何でも構いませんから行きますわよ。このままだとわたくしたちの方が先に疲れ果ててしまいそうですの」
「そうですね。リュカリュカも時と場合を考えてから騒ぐように」
「はい……」
うう、叱られてしまいました。
いや、自業自得ではあるのだけれどさ。
やはりまだキメラと戦うことに躊躇する気持ちが残っていたのだろうか。多分、無意識に先延ばしにしようとエルーニに軽口を叩いてしまったのだと思う。
いい加減、腹をくくらなくてはいけないと思うのだけれど、どうにも踏ん切りがつかないみたい。
大抵は単なる考え過ぎだったり、おかしな思い込みをしてしまっているだけだったりするのだけれど、たまに第六感的な部分からの警告のこともあるからなあ。
その場合は無下にする方が危険ということもあり得るのだ。
こうして妙な胸騒ぎを抱えたまま、ボクたちとキメラとの戦いが始まったのだった。
一言ネタを考えるのって結構大変だと思い知ることになっている営業努力月間です。
宣伝等がお嫌いな方もいるかと思いますが、ご容赦のほどよろしくお願いします。
作者のモチベーション維持のためにも、可能な限りで結構ですのでブックマークや評価を入れてくださいますよう、よろしくお願い致します。
もちろん、感想や一言もお待ちしています。
更に、本作以外にもヒューマンドラマっぽいものや近未来のSF風味なもの等々、いくつか書いております。(未完もありますが、完結しているものもありますので……)
これを機に他の作品もぜひぜひ覗いてみてもらえればと思っています。よろしくお願いします。




