552 介入しましょう
騒ぎの中心となっていたのは、スホシ村他領内の各地から連行されてきた人たちが押し込められている長屋が立ち並ぶ一角から少し離れた地点だった。
迷宮の入り口に近いそこにあったのは他に比べるとしっかりとした造りの建物で、これは後から知ることになるのだが、冒険者協会の出張所となっている建物とのこと。その建物の前、どういう意図かは知らないけれどぽっかりと広場になった場所で、今まさに騒動が進行中なのだった。
で、肝心の原因となっている人ですが、予想通りそこには知っているお顔が並んでいました。
具体的に言うと、つい先ほど別れたばかりの人たちですな。
「リシウさん……。さっそく目立っちゃってどうするのよ……」
なんだかよく分からないけれど秘密の任務――あくまでボクの推測ですから。真実がどうなのかは不明だし、知りたくもないので!――の真っ最中じゃなかったの?
思わずガクリと膝から崩れ落ちてしまいそうになったのを懸命に耐える。
リシウさん自身は……、まあ、ともかくとして、彼の配下の六人は誰も彼も鋭いからね。下手な動きをすれば物陰からこっそりと覗いているのがバレてしまう。
うん?既に怪しい動きをしている?
HAHAHA!何をおっしゃいますやら。
しかしよくよく見てみると、どうやら今回の騒ぎの中心はリシウさんではないらしい。なんと彼よりも前方に子どもたちがいて、どこかの誰かと睨み合っているではありませんか!?
あー……、これだけで状況が何となく察せてしまったよ。
子どもたちが睨み合っている相手、多分あの連中が五人の少年たちをこの迷宮前集落にまで連れてくる役目を担っていた、もしくはその依頼を引き受けていた冒険者たちなのだろう。
ちなみに、その相手はチンピラという言葉がとっても似合いそうな二十歳そこそこの三人組の男だった。ライバルは元より噛ませ犬にもならない最序盤のやられ役って感じだね。
いくらリシウさんがお偉い人だったとしても、少年たちを勝手に元の村へと連れ帰る訳にはいかない。冒険者協会に来たのは、ここを通じて事情を説明して身柄を引き受ける交渉をしようとでもしていたのではないかな。
ところが、生き延びていた件の冒険者たちと運悪く鉢合わせしてしまい、命の危険に晒された恨みから少年たちが衝動的に飛び出してにらみ合いになってしまった。
「というところじゃないかと思われます」
「ああ、その様子がありありと想像できてしまいましたわね……」
「タイミングが悪かったと言えばその通りなのですが、冒険者だということは分かっていたのですから、何の対策もとらずに冒険者協会へと向かったのは少々うかつだったのではないでしょうか」
ネイトさん、辛口な採点ですね。まあ、子どもたちを預かった責任というものがあるからね。それを全うできていない点は非難されても仕方がないだろう。
それができない、荷が重いということであれば、最初からそのことを告げておくべきだった。これに関しては安易に彼らに任せきりにしてしまったボクたちにも、その責任の一端はあるとは思う。
「その責任分くらいは果たさないといけないかな」
「割り込みますの?」
「……もう少し様子を見てからだね。今突っ込んで行っても、騒ぎの火に油を注ぐだけになりそうだから」
子どもを見捨てて逃げたというのに、その冒険者連中は反省している様子もなければ後悔している風でもなかった。正論で非難したところで聞く耳を持たなければ堪えることもないだろう。
しかも、それならば実力行使に出ればいい、という単純な話でもない。
こういう連中というのは、自分たちがやる分にはノリと勢いばかりであるのに、やられるとなると途端に意味や理屈を要求してくるものなのだ。
「やるとなれば徹底的に、しかも逃げ道の一つも見つけられないようにしっかりと封鎖してしまわないといけないのよ」
「なるほど。そのための様子見ですか」
「まあ、見ててよ。心配しなくてもすぐに割り込むチャンスがくるはずだから」
井の中の蛙的なやつらに限って、なぜだか自分たちは切れ者だと自意識過剰になっているからね。実際には切れ者は切れ者でも、頭が切れるのではなく、単に沸点が低くてキレやすいだけだったりするのだけれどさ。
そしてボクのこの予想はまたまた的中することになる。
「よく俺たちの前に顔を出せたな。てめえらが逃げたせいでこっちは依頼が失敗になったっていうのによ」
「嘘言うな!魔物にビビって逃げたのはお前たちの方じゃないか!」
「はあ!?なにふざけたこと言ってんだ!俺たちはこれから迷宮の攻略に行くんだぞ。その辺に出る魔物なんて相手にもならねえんだよ!」
「おうよ!逆にてめえらが逃げ出したんじゃないっていう証拠があるなら見せてみろ!」
わーお……。まさか言い合いを始めた直後にボクたちが介入するための理由もきっかけも喋ってくれるとは。
サーバーを軽くするためにAIの賢さを下げちゃったりしてません?そんな疑問はともかくとして、せっかくの好機を逃す訳にはいきませんですぞ。
「証拠ならあなたたちが持っているんじゃないかな」
そう言いながらてくてくと物陰から歩み出る。慌てて飛び出していては聞き耳を立てていたと勘付かれてしまうかもしれないので。
偶然通りかかった風を装ってあくまでもゆっくりと、ね。
ほら、その方が大物っぽいでしょう。
「だ、誰だ!?」
「そこの少年たちを最初に見つけて保護した者だよ。実はその時、この子たちってば着の身着のままで、食料の一つも持っていなかったんだよね。ねえ、そこのあなた。その分の食糧や荷物は誰がどこに持っていたのかな?」
ニコリと微笑みながら、ただし眼には射貫くほどに力を込めているし、雰囲気も一気に怒りや敵意に満ちたものへと変化させて問い質す。
すると男たちは面白いくらいに顔色を真っ青に変容させていた。
ああ、やっぱり食べ物や持ち物を握っておくことで、子どもたちを従わるつもりでいたのか。実際には命じるよりも先に自分たちが逃げ出してしまったようだが。
あと、なぜか子どもたちまでガクブルしていたようだったのだけれど……。
うん、多分きっと見間違いだろう。
「……まあ、それはどうでもいいんだけど」
ふっと雰囲気を平常のものへと戻す。この件については問い詰めようにも、知らぬ存ぜぬを一貫されてしまえば追及しきれるものでもないからね。
そう。あくまでも介入するためのきっかけでしかなかったのだ。
だからそこの人たち、ホッとしている場合ではないのだよ。
本番はここからなのだから。




