549 馬車でゴトゴト
「で、どうしてボクたちまで馬車に乗せられているのでせうか?」
ゴトゴトと揺れる幌馬車の中で、ついそんな言葉が口をついて飛び出してくる。地面からの振動で舌を噛みそうになったのは秘密です。
お尻への衝撃を抑えるためなのだろう、床には毛布のような厚手の布が敷かれていたのだが、街道自体がたいして整備もされていなかったらしく、すっかり悪路となっていたため地味にお尻が痛いです。
こういう時には『ファーム』の中に入ることができるうちの子たちがちょっぴり羨ましく思えてしまう。
それにしても、これだとちょっと中を覗かれただけですぐに行商ではないとバレてしまいそうだよね。もしもそんな事態になった時には、一体どうやって誤魔化すつもりだったのやら。
「あんな場所に子どもだけを置いていけるわけがないだろうが」
返事をしてきたのはリシウさん、ではなくおやっさんと呼ばれていた御者を務めている人だ。一応、冒険者であることやあちらこちらを旅して回ってそれなりの経験があるとは伝えたのだけれど、倍以上の年齢の彼らからすれば、まだまだ子供という印象の方が強いらしい。
まあ、鵺と夢幻夜鳥が出現したことで有耶無耶になってしまっていたけれど、昨日から魔物の様子が変だったからね。素早く移動できるのであればそれに越したことはない。
リシウさんたちも反対しなかったこともあって、ボクたちはありがたくその申し出を受けることにしたのだった。
ちなみに、おやっさんを含めて御者をしている三人はリシウさんの配下ではなく、道案内のために雇われた冒険者なのだとか。
若い頃はそれこそ『火卿エリア』中を旅して回っていたそうなのだけれど、最近では帝都とその近辺をホームグラウンドにしてある程度落ち着いた生活を送っていたのだそうだ。
「それが何の因果か、帝国のお偉いさんを連れてあちこち動き回る羽目になるとはなあ……」
「いや、悪いとは思っているんだぞ。ただ、このところ帝都でも冒険者の質の低下が著しくてだな。まともで知識や技量もある人材となると限られてくるのだ」
遠い眼をしているおやっさんの様子に、慌てて弁明を始めるリシウさんなのだった。
そうそう、肝心の子どもたちなのだけれど、全員揃って二台目の馬車に押し込められている。
当初は二台目と三台目に別れてという話だったのだけれど……。早い話が熊獣人さんのことを少年たちが怖がってしまったのだ。
まあ、あのお顔はねえ。さすがに見慣れるまでに少し時間がかかってしまうと思うわ。ボクたちですら闇夜でいきなり出くわしたら、悲鳴を上げずにいられるかどうか分からないもの。
当の本人はがっくりと項垂れて寂しそうにしていたけれど。
休憩の際にはうちの子たちを呼び出してみることにしましょうか。エッ君たちなら外見なんて気にせずに仲良くなるだろうからね。その光景を見れば子どもたちの怯えなくなるかもしれない。
馬車に乗せてもらっている身だからね。それくらいはしますとも。子どもたちへ情が移れば、先々でもトラブルが発生した時にもリシウさんたちの側から助け舟を出してくれるかもしれないという打算もあったりなかったり。
二十名足らずが乗った馬車三台を襲おうとする無謀な魔物はいなかったようで、馬車の旅は平穏無事に進んでいったそうです。
他人事みたいな言い方?
……鋭いですね。いくら何でも延々と馬車に揺られているのは苦痛なので、時間を短縮させて休憩時間や夜間の見張り担当時間などだけ顔を出すようにしていたのだ。
それでもリアルで一日分のゲーム時間が必要になってしまった。
そして翌日の昼前、ボクと子どもたちの目的地である迷宮へと到着した。
しかし、そこでボクたちを待ち構えていたのは、単に迷宮への入り口が口を開けている殺風景な有様ではなく、素人が突貫工事で作ったのが丸分かりではあるものの、いくつもの建物が建ち並んだ開拓最前線の集落か村といった風情の景色だった。
「経緯はどうあれ、人が集まる場所は栄えるということか……」
呟いたリシウさんの表情はさえない。ヒューマンの女性を始めとした配下の六人や御者役のおやっさんたちも周囲へと視線を走らせているが、その目付きは一様に厳しい。もっともこれには敵地であるという意味合いもあってのことなのだろう。
強制的に集められた領民たちに、荒くれ者っぽい冒険者、さらには金の匂いを嗅ぎつけたのか商人とおぼしき人影もちらほらと見受けられる。
一番数が多いのはもちろん領民たちなのだけれど、意にそわない形で連れて来られたためか揃って暗い顔をしている。
対して残る二者は数こそ少ないが、ギラギラとした欲望を隠すことなく周囲に発散していた。まるで搾取される側とする側のようだ。直接の関係ではない分だけ性質が悪くなっているとも考えられそうだ。
リシウさんは「栄える」という言葉を用いたが、果たしてこれをそう表現してよいものかしらと疑問に思ってしまう。
まあ、何にしてもボクたちは自分にできることを、しなくてはいけないことをやるのみだ。
「リシウさん、ここまで馬車に乗せてくれてありがとうございました」
「こちらこそ食材を提供してくれたり、料理をしてくれたりして感謝しているぜ」
実はあちらで料理ができるのは紅一点のヒューマン女性だけだったそうでして。成人男性が九人とただでさえ大量の消費者がいるところに食べ盛りの子どもたちまでもが追加されるとなれば、どう考えてもキャパシティーオーバーだ。
迅速に馬車の旅を進めるためにも、ボクたちは協力を申し出たのだった。
「子どもたちのことは任せておけ。一度引き受けた以上、最後まで面倒を見てやるからよ」
彼の言葉にコクリと頷く。ボクたちの手には余ると思ったからこそ託した訳だが、危機的状況を助けて半日世話を焼いた縁もある。
身勝手なのは重々承知だけれど、できることなら幸せになってもらいたいと思ってしまうのだ。
「君たちはどうするんだ?」
「ボクたちはこれから滞在していた村で預かった手紙を渡しに行こうと思います」
そして迷宮に関する情報を聞いておきたい。エルフお兄さんたちから貰った分は古過ぎて使い物にならなくなっているかもしれない。
食材と同じで情報というものも鮮度が大事なのです。
メイションで聞きかじった知識によれば、『OAW』の迷宮は何でもありの部分があるみたいだし。それこそ多くの人が出入りするようになったせいで変化が起きていないとも限らないのだ。




