546 三台の幌馬車
街道の後方、ボクたちが歩いてきた方角からやって来たのは三台の馬車だった。それぞれに日除けどころか雨除けにもなりそうなしっかりとした幌が付いている。
引いている馬はともかく、馬車のランク的には『土卿エリア』で護衛をしたアッシュさんたち行商人トリオでは太刀打ちできなさそうだ。まあ、あちらはドワーフの里への険しい山道を越える必要があったので、大型化は難しかったという理由もありそうだけれども。
一見したところだと単なる行商のキャラバンのようではあるが、油断は禁物というやつだ。盗賊団がそれらしく偽装している、なんてこともあり得るからね。
特にやたらと友好的な態度の時には要注意。ボクは詳しいのだ。
いざという時にも対応できるように子どもたちを背後に庇う。戦闘になった時にはボクたちで時間稼ぎをして、子どもたちだけでも逃がす所存であります。
彼我の距離が近づくほどに緊張感も高まっていく。
「気を付けてください。あちらも数名はすぐにでも戦いに入れるように準備をしているようです」
ネイトの言葉にアイテムボックスから牙龍槌杖を取り出す。先手を取って牽制をするなら殺傷力は低くても広範囲に攻撃できる【ウィンドニードル】か【アクアニードル】辺りが狙い目かな。
戦闘にならないのが一番なのだけれど、こればかりは向こう次第だからなんとも言えないからね。せめて後悔だけはしないように、取れる対策は全部取っておかないと。
既に魔法や弓の攻撃範囲に入っているが止まる気配はない。
軽く挨拶をするだけでそのまま通り過ぎるつもりなのか、それとも本格的に喧嘩を吹っ掛けてくるつもりなのか。
ついに近接武器の間合いにすら入ってしまうというところで、ようやくキャラバン隊は動きを止めた。
先頭の馬車の御者を務めているおじさんがボクたちと子どもたちを無遠慮に見回してくる。はっきり言って不愉快なのだが、こちらも情報収集のための時間が必要なので、あえて何も言わずにそのままにさせておく。
と、ネイトが突然苛立ったように左足の爪先で地面を蹴りつける。
あまり感情をあらわにしない彼女にしては珍しい行動だ。
それもそのはずで、実はあの動きは秘密のサインなのだ。相手の人数を示したもので、右足一回で五人、左足一回で十人といった具合です。
つまり、キャラバン隊は全部で十人いるということになる。見えるのは御者台に座っている三人だけ。幌の中に七人が隠れているということらしい。
さて、この中で何人までもが戦闘要員なのだろうか。
本音を言うと、子どもたちを逃がすための時間稼ぎに全力を費やすとしても、六人を超えると荷が重い。十人全員ともなると勝ち目はゼロだと言い切れてしまうだろう。
御者台の三人も違和感を覚えるほど幌の中を気にしている様子はないし、盗賊に無理矢理従わされている、という線も薄そうだ。
まあ、彼らも含めて全員が盗賊という可能性はまだ残されているのだけれど。
「子どもばかりで、どうしてこんな場所にいる?」
問いかけるというよりは、半ば独り言を呟くように先頭馬車のおじさんが言う。
ここでちょっと補足説明をば。『OAW』では十五歳くらいで大体一人前扱いされるようになるのだけれど、リアルのニポンとの兼ね合いからか、二十歳前後くらいまでは未成年な子どもとして応対されるケースも多い。
法律上は成人していても大学生は『学生』として扱われるのと似たようなものだ。よって今回の場合だと、年長のボクたちが年少の五人を引率しているようにも見えたのかもしれない。
「初対面で名乗りもしないような人たち相手に、言う必要があるとは思えないかな」
向こうの考えていることが分かったからといって、わざわざ律義に説明してあげる義理はない。
別に不躾な視線でじろじろと見られたから、特に胸のあたりをさ迷っていて、その時間がボクよりもミルファやネイトの方が長かったから意趣返しをしている訳ではない。ないったらないのです。
この返しは予想外だったのか、「うぐっ!」と呻き声を発して言葉に詰まるおじさん。
一方のボクはというと、少しばかり彼への評価をアップさせていた。あの一言で自分の態度が礼を失するものだったと気が付くことができた訳だからね。さらにそのことをすぐさま反省して恥じ入る感性があったのは高評価だ。
失態や欠点を指摘されても、それを認めることができない人は、リアルでも『OAW』でも案外多いものなのよ。かくいうボク自身、いつもいつも謙虚な態度を保っているとは言い難いしね。
「あっはっは。こいつはおやっさんの負けのようだぜ」
などと考えていると、向こうに動きが。
一番手前の馬車の荷台から小柄の人影が姿を現したのだ。おおよそ僕たちの背丈の半分くらいだろうか。少年たちよりも小さいことから、ピグミー種の人だと思われます。
「お、おい!まだ出てきていいとは言っていないぞ!」
「固いことを言いなさんなよ。近くに隠れているような連中はいねえさ。なあ」
「はい。周囲に潜んでいる者はいません。その子たちを囮にした罠ではないようです」
御者台のおじさんが慌てて止めようとするがどこ吹く風といった調子で、追加で下りてきた人物――こちらはヒューマンの女性だった――に自分の考えの同意を求めているほどだった。
「そういうことを言っているんじゃなくてだな。お前さんが下りたとなると……、ああ、遅かったか……」
御者台のおじさんが急に頭を抱えだしたのですが?
どういうことだ?と疑問に思うよりも先にその答えは示されることになる。
「ひっ!?」
ボクたちの背後で子どもたちが小さく悲鳴を上げる。それも仕方がなかったというものだろう。幌馬車に隠れていたのだろう連中がぞろぞろと降りてきたのだが、一番後ろの三台目の馬車から下りてきたのが、熊と見紛うばかりの大男――熊の獣人だったので、ある意味熊そのもの?――だったからだ。
それだけなら問題なかったのだけれど、その人物はかなりの悪役面だった。しかも顔には右目の上の額から左の頬にかけて大きな傷跡があり、それが極悪な人相をさらに凶悪なものへと仕立て上げていたのだ。
しかしながら、そういう人に限って子ども好きだったりするのは物語では定番でして……。
しょんぼりと肩を落として悲嘆にくれるその様子は、小さな子どものようだ。
「大将……」
「お前の見てくれに子どもが怖がるのは毎度のことだろうに。いい加減慣れろ」
大将と呼ばれていることから、最初に下りてきた小柄な人物がリーダー格の一人であるらしい。
というか、さすがにその言い方はあんまりだと思うよ。
スホシ村の鍛冶屋の熊おじさんがツキノワグマであれば、こちらの熊獣人はさらに大きなヒグマとかグリズリーといった感じです。
うん。どっちにしても怖いですね……。




