541 鵺退治
意図せず鵺という大物に遭遇してしまったボクたち。しかも生まれたての子牛か子鹿並みにガクブルしている足手まとい待ったなしの少年たちが五人もいるという嫌なオマケ付きときている。
本人たちは「逃げるなんてカッコ悪い」と威勢のいいことを言っていたけれど、この調子では戦うなんて夢のまた夢のことだろう。
いや、元から小学生くらいの年齢の子どもたちを戦わせるつもりなんてないのだけれどね。
一方、いきなり登場した鵺はというと、こちらの慌てふためくさまを見て楽しんでいるのか特に手を出してくるような事もなく、その場で「ヒョー、ヒョー」とあの不気味な鳴き声を発しているだけだった。
ニタニタとあざ笑うかのように歪められている猿顔が大変イラッときます。
とはいえ、向こうが動きを見せないのは好都合でもある。さっそく逃げるために子どもたちを誘導……、あ、これ無理だわ。
完全に体が硬直してしまって、お互いに寄り添い合ってようやく立っているという状況だ。一人が一歩でも足を動かした瞬間、全員がその場に倒れてしまいそう。
さて、実は単にボクたちだけが生き延びるのは意外と簡単だったりする。
少年たちをこの場に残して、つまりは鵺への生け贄にして、自分たちだけスタコラサッサと逃げればいいのだ。
……と、思った?
それ、完全な死亡フラグです。
弱い者を見捨てたり生け贄にしようとしたりして、自分たちだけが助かろうとする者は真っ先に襲われて死んでしまう、というのが物語の定番なので。
まあ、主人公始め主要キャラクター以外の場合は、その後でやっぱり見捨てられた側もやられちゃったりする訳なのだが。
要するに、逃げるという選択肢でボクたちが生き残ろうとするならば、少年たちを含めた全員が無事である必要があるのだ。
……それ、ぶっちゃけ鵺がわざと見逃してくれるのでもなければ不可能じゃね?
あら、まあ。結局戦うより他ないことになっているではありませんか!?
ぐぬぬ……。これも<デスティニーテイマー>の効果なのでせうか。正直、予期していない状態での強敵との遭遇は勘弁して欲しいのだけれどねえ。
まあ、今はクラスチェンジが終わって装備も整っているだけマシかな。
加えて、状況は万全とは言えなくとも最悪と言うほどでもない。隊列はバラバラで少年たちというお荷物があるものの、奇襲を受けて誰かが怪我をしたり戦闘不能となったりしている訳ではないからね。
しかも油断しているのかそれとも舐められているのか、鵺は攻撃の仕草も見せずに相変わらずニヤケ顔で「ヒョー、ヒョー」鳴くばかり。
やり方次第では十分に勝ち目もあるのではないだろうか。
そのためにも、まずは情報収集から。敵を知り己を知れば、というやつだね。
さっそく〔鑑定〕だ。
さあ、お前の秘密を全て白日の下――夜だけど――にさらすがいい!
……ダメでした。
鑑定不能等の表示がないどころか、全くこれっぽっちの反応すらもなかったのだ。これでもそれなりに技能熟練度は上昇していて、オオナルア草を始め調薬などで使用する新たな薬草類の見分けも付けられるようになっていたのに……。
と、目的の〔鑑定〕そのものは散々だったものの、鵺を集中して見続けていたことで思わぬ副次効果を得ることになった。
「っ!みんな、戦闘準備!」
やつの一歩踏み出すという動作に、誰よりも早く気が付くことができたからだ。
それでも、ボクを含めてこちらが武器を引き抜いたり体勢を変えたりして戦いに備えることができた時には、鵺の行動は終わってしまっていた。
「全然動く気配を感じ取れませんでした……」
「ええ。今のまま攻撃をされていれば、防ぎようがありませんでしたわ」
その事実にネイトたちの声も震えている。ボク自身冷や汗で背中がびっしょりと濡れているのを感じていた。
ゲームの最中で良かった。リアルでならば、お風呂へ直行便レベルの大問題だったよ。
「単純に強そうなだけじゃなくて、一癖も二癖もあるなんて……。無茶振り過ぎやしませんか」
警告を発することができたのはボクだけだったが、鵺のことは全員が見ていたはずだ。それこそ一挙手一投足すら見逃さないように。
それなのに誰一人としてあの動きに応対することができなかった。
これは由々しき事態だ……、と思ったところで奇妙な違和感を覚える。
「一体なにが?」
それこそがこののっぴきならない事態を打ち破ることができる唯一の突破口になる。直感に従い目を皿のようにして鵺の様子を探っていく。
「あ……」
謎を解くための鍵はやつの踏み出した一歩にあった。より正確を期するならば、その前足にあったと言うべきか。
鵺の出現ポイントは街道の脇、草原に少し入り込んだ位置だった。そこから一歩踏み出したことで、その前足はしっかりと爪の先まで見えるようになっていたのだ。
「え、まさか?……でも、それなら姿を見せたきり襲ってこない理由になるかも?」
見間違いではないか、見落としていることはないかと再度見やる。
狸らしい胴体部分のこげ茶色から、末端にいくほど虎らしい黄色へと移り変わり同時に縞模様もはっきりしてくる。巨躯を支えることができるどっしりとした足の先からはシャキーンと剣呑な爪が伸びていた。
いくら猫科と言えどもその長さの爪を隠すことはできないのでは?という疑問が浮かんでくるが、そこはまあ、ゲームらしい演出の一環ということなのだろう。
「ああ、やっぱり間違いない」
確信を得たボクは、
「やああああああ!!」
次の瞬間には手にしていた龍爪剣斧を振りかぶりながら、一直線に鵺へと突撃を敢行していた。
対する鵺はと言うと、表情を変えることなく淡々と迎撃の体勢へと移行している。
「リュカリュカ!?」
ミルファとネイトの声が聞こえてくるが、千載一遇のこの好機を逃す訳にはいかない。鋭い爪をきらめかせながら右前足が振るわれるのを避けることなく、いや、元より避ける必要などないのだ。
「【スラッシュ】!」
その一撃がボクのことを弾き飛ばすことも引き裂くこともできずに擦り抜けていくのを感じながら、振りかぶっていた得物を大上段から勢いを付けて叩き付ける。
頭どころか胴体すら突き抜けた後、固いものにぶつかった衝撃が腕に伝わってくる。
「消えなさい」
その痛みに顔をしかめながら言い放つと、鵺の不気味な巨体は風に溶けるように消えていったのだった。




