54 戦いの終わり
ブレードラビットの群れをやっつけて、鎧の人の回復を終えたけれど、未だ予断を許さない状況は続いていた。
「うりゃ!この!……くそう!ちょこまかと逃げ回りやがって!」
今現在はエッ君の動きにものの見事に翻弄されているおじさんだけど、それだっていつまでも続くものじゃない。
ちょっとでも歯車の食い違いが起きれば、あっという間にボクたちは全滅してしまうことになるだろう。
鎧の人を含めて、こちらに攻撃の手段がないというのが一番の問題だ。
焦る心を落ち着かせながら、何かないかと周囲に視線を巡らせる。
……おや?そこの草むらの陰に見えるのは、もしかしなくてもボクの初心者用槍ではありませんか?
え?ご都合主義的?ノンノン、これはこういう風に言うべきだ。日頃の行いの賜物ってね!
「これを使って!」
すぐに拾い上げると、武器をなくしてしまいエッ君とおじさんの間に割って入ろうにもできずにいた鎧の人へと差し出す。
突然の申し出に驚いたように体をビクリと跳ねさせていた。
「お願いします」
だけど再度ボクがそう言うと、コクリと頷いて受け取ってくれた。
ちなみに、自分で行かなかったのはエッ君との追いかけっこを見ていて、おじさんの方が確実に強いと判断したから。
これまで冒険者協会の訓練場でエッ君が冒険者の人たちと遊んでいるのを頻繁に見ていたから、その動きだけで今のボクでは到底敵わないと理解できてしまったのだった。
……まあ、悔しくないといえば嘘になるかな。
リアルでは幼い頃から、里っちゃんに置いて行かれないようにと必死に努力し続けてきた。それはボクにとって自信であり、誇りだった。
例えゲームの中であろうとも、そんなボクの芯ともなってきたものが通用しないのだから、悔しく感じるのは当然のことだったのかもしれない。
「絶対に勝って!」
心の中で渦巻いている様々なものを託すかのようにそう告げると、鎧の人の兜の奥が光った気がした。
すっくと立ちあがると堂々とした足取りでおじさんがいる方へと向かう。
「戻ってきて!」
それを見たボクは、これから始まる戦いの邪魔にならないようにエッ君に声を掛けて呼び寄せることにする。
苛立ち紛れの大振りな攻撃を危なげもなくひらりとかわすと、彼はててて!と軽快な足取りでボクの元へと帰ってきたのだった。
「ありがとう。よく頑張ったね」
腕の中へと飛び込んできたエッ君をぎゅっと抱きしめて、しっかりと褒めてあげる。実際、彼が足止めをしてくれていなければボクの短槍を見つけるどころか、鎧の人を回復させる余裕があったかどうかすらも怪しい。
そうなれば戦術的撤退を選択した後、クエスト受注前までリセットすることになっていたはずだ。
「へっ。あれだけ無様にやられたのに、懲りずにまた出しゃばってくるとはな」
一歩一歩近づいてくる鎧の人に、小バカにした口調で煽りと探りを入れるおじさん。
ついさっきまでエッ君に翻弄されていた人と同一人物とは思えない不遜な態度だ。そうやって状況に応じてすぐに意識の切り替えを行えているということが、彼が只者ではないことを明確に示していた。
だけど、このまま言われっぱなしというのも癪だ。
加えて、鎧の人もかなりやる気にはなっているけど、あちらは一度勝っている分それ以上の士気となっていた。
つまり、このまま放置しておくのはとてもとてもよろしくない状態だったのだ。
「うわー……。エッ君の動きについていけなかった人が何か偉そうなこと言ってるー……」
なので、嫌がらせな悪口を投入。
ついでに冷ややかな視線も追加してあげよう。
「う、ううう、うるせえ!」
歴然とした事実だったこともあって碌に反論する事もできず、おじさんは見事に動揺し始めた。
慌てて鎧の人に対して体を構え直していたけれど、はた目にもその動きががちがちなものであることが分かるほどだった。
効果は抜群だね!
二メートルほどまで近付いた所で、鎧の人も立ち止まって盾と槍を構える。そのため、石突きに近い場所を片手で持つという変則的な構えとなっていた。
しかし、それにはちゃんとした理由があった。柄を短くしたとはいってもそこは槍。体格差による腕の長さの不利を覆していたのだ。
「ちっ!考えやがったな……」
そのことを悟ったのか、おじさんも小さく舌打ちをする。しかももう片方の手にはボロボロとはいえ盾が握られている上、ボクが『鎧の人』と呼称している通り金属製っぽい全身鎧を着こんでいるのだ。
この鉄壁を破るとなると、相当な腕前の武芸者であるか、それとも何かしらの策が必要となるだろうね。
そしておじさんはというと、ボクよりかははるかに強いかもしれないけれど、逆に言えばその程度でしかないように見受けられた。
プレイヤー換算でいえばレベル二十を超えて上位職へとクラスチェンジすることができた中堅くらいというところじゃないだろうか。
〔鑑定〕技能を鍛えていれば、こういうことも読み取れるようになってくるのかな?
これまでの立ち位置や「ブレードラビットを操っていた」という台詞からすると、武名が響き渡るほどとは思えない。
自ら前線に立つよりも後方で指揮をする方が得意なのではないかと思われます。……ボクと同じようなタイプだというのは、はなはだ不本意だけど。
ともかく、おじさんが勝つには不意を突いたり油断を誘ったりする策が必須となるはずだ。
なので再び先回り。
「目潰しは通用しないと思うよー」
「うぐっ!?」
クスクスという笑い声と共にそう言うと、大失敗した記憶を思い出したのか途端に挙動不審となるおじさん。
おや?意外とメンタル面は弱い?
一つの計画を念入りに周到に準備して、その計画通りに進めることに特化しているのだとすればどうだろう。計画から外れた状況に陥ってしまえば途端に脆くなってしまうのかも。
しばらくのにらみ合いの末、先に耐えられなくなったのはおじさんの方だった。
「う、うりゃああ!」
蛮声を上げて一足で鎧の人に肉薄する。こう書くと、せめて勢いだけは同等のように思えるけれど、事実は全く異なっている。
鎧の人に誘い出されたというのが本当のところで、離れて見ていると破れかぶれの一撃だったのがよく分かった。
案の定その攻撃は盾で受け流されてしまい、がら空きとなった体に槍が突き、叩き込まれる。
おじさんが崩れ落ちたのは、手にしていた得物が零れ落ちるのとほぼ同時のことだった。