539 宵闇の中にいたのは
獣のものらしき怪しい雄叫びに、複数の人のものと思われる悲鳴。あたり一面にそれらが響き渡った直後、ボクたちは顔を見合わせると、発生源だと思われる前方へと駆けだしていた。
前半だけなら距離を取るとか、その場で様子を伺うなども考えられたのだろうけれどね。
悲鳴まで一緒とあっては、助けられるかどうかはともかくとして状況を確認する以外に選択肢はありませんでしたよ。
「うあー……。なんだか面倒で厄介で面倒で危険な問題ごとに巻き込まれそうな気配がぷんぷんするぞー……」
「面倒を二回繰り返すほど嫌なんですね……」
「だってー……。こんな時間に外をうろついているんだよ。絶対におかしな理由に違いないもの」
他にも盗賊や野盗などなど、公言できないような後ろ暗いご職業の方々という可能性もあるかもね。
人のことは言えない?でっかいブーメラン?
ノンノン。ボクたちには迷宮へ向かうという目的もあれば、休憩所が機能していないので仕方なく夜の行軍に切り替えたという正当な理由だってあるのです。他人からどうこう言われるような筋合いはありませんのことよ。
という訳で自己弁護完了。盛大に自己中な理論だということは認める。直すつもりもなければ、取り消すつもりもないけれど。
「ですが、見捨てるつもりはありませんのよね」
「そりゃあ、まったくあずかり知らない場所ならともかく、こうやって聞こえちゃったからには、無視するのも後味が悪くなるし……」
そもそも、放置するつもりなら駆け付ける必要もない訳で。後からあの時ああしておけば、こうしておけば良かったと悔いることになるのだけは真っ平ごめんだ。
そして走ること約一分、街道のど真ん中で身を寄せ合うようにして怯えている人影が見えた。
いや、この距離ならいくら暗くても輪郭くらいは見えるだとか気配が感じられてもおかしくはない気がするのだけれど、そこはまあ、ゲームということなのだろうね。
「大丈夫です、かあ!?」
語尾がおかしな具合に飛び跳ねてしまったのも仕方のないことだと思う。
だって、そこにいたのは明らかにボクたちよりも年下の、恐らくはシジューゴ君と同程度の年齢の男の子たちだったのだから。
「なんでこんなところに子どもが?」
「こ、子どもじゃねえ!」
うん。なんというか定番の台詞をありがとう。
ならばこちらも王道に沿った返事をしてあげましょう。
「そうやってむきになって反論するところが子どもの証拠だよ」
そう言い返してやると、「むぐぐ……!」と悔しそうに黙り込んでしまう、お子ちゃま一号君であります。
でも、自分がむきになっていると客観的に理解できている点は高評価かな。本当にどうしようもないやつだと、どう言い聞かせようとしても噛みついてくるから。
ええ。ボクの決して長いとは言えないこれまでの人生の中でもね、いたのですよそういうやつが……。先生を始め周りの大人の言うことに一々反抗しなければ気が済まない問題児がさ。
彼の中で何がどうなったのかは分からないけれど、途中からはなぜだか里っちゃんに突っかかってくるようになるという傍迷惑ボーイだった。
もちろん里っちゃんの完全勝利、というか勝負内容によっては視界にすら入っていなかったよ。むしろ彼が何かをやらかせばやらかすほど、里っちゃんの人気が上がっていくという図式になっていたようにも思う。
そんな問題児に比べれば、自分の言動が周りからどう見えているのかが分かっている一号君の方が、よほど大人びているというものだ。
ちなみに、『OAW』は中世欧州風ファンタジーな世界観であり、地域差はあるもののおおよそ十五歳で成人とみなされるようです。つまり、彼らはゲーム内であってもやっぱり未成年の子どもということになるのだった。
「リュカリュカ、今は先ほどの鳴き声に対処する方が先決でしてよ」
おっと、ミルファの言う通りだ。少年たちから詳しい事情を聴くのは安全を確保してからでも遅くはない。
気が付けば子どもたちを守るように、うちの子がその周りへと陣取っていた。
「ネイト、何か感じる?」
「はい。ですが、これは……」
問いかけると、既に〔警戒〕で周囲の魔物の位置や動きを確認していたのだろう、すぐにネイトから返事があったものの、困惑しているのか要領を得ない。
「おんやあ?」
これはボクも確認しておくべきかと〔警戒〕技能を使用してみると、なんともおかしな反応が。
「そっちの草むらの陰に魔物の反応が一つ……、なんだけど……」
その方角へと視線を向けながら言うと、少年たちの肩がビクリと跳ねてじわじわと距離を取るように移動していく。
無理もないね。その場所は街道のすぐ脇、彼らから数メートルしか離れていなかったのだから。
「少し離れた場所に巣くっているものとも同じ反応を示しているので、魔物であることは間違いないと思います」
プレイヤー視点で言うと、ミニマップ上に魔物を表す赤い点で表示されている、ということになるね。
「でも、敵意とか悪意が感じられないよね?」
襲ってくる魔物特有の嫌な雰囲気はなく、どちらかと言えば怯えられているという方が適切かもしれない。
「群れからはぐれたファットマウスかしら?」
ミルファの疑問に首を傾げてしまう。なぜなら、ファットマウスはこれまでに単体であっても襲ってきたことがあるからだ。それに仮にファットマウスだとすれば、悲鳴と一緒に聞こえてきたあの怪しい鳴き声の説明がつかなくなってしまう。
ここは今までにボクたちが倒したことのある魔物とは別物だと考えておく方がいいだろうね。
魔物の正体はともかく、さて、どうするべきか。
ボクたちが取れる行動は主に二つ。戦うか、それとも逃げるかだ。そしてどちらを選ぶとしても、少年たちという足手まといがいることを忘れてはいけないだろう。
戦うならば非戦闘員である彼らの安全に配慮したものとならざるを得ないし、逃げるにしても恐怖と焦りからまともに走ることすらできないかもしれない。
魔物がどのような反応をするかが分からないところも難点だ。今は大人しくこちらの様子を伺っているようだが、どのような動作が引き金となって凶暴化するのか想像もつかない。
武器を取るなどの先頭にかかわる行動が刺激となるなら、ボクたちの方も心構えができている分だけまだマシだ。
けれども逆に、逃げることがスイッチとなるとすれば最悪の場合後方から一方的な攻撃を受けることもあり得てしまう。
うあー。
やっぱり面倒で厄介で面倒で危険な問題に巻き込まれちゃってるよ……。




