538 夜の旅路
予習復習を終わらせて晩ご飯を食べてからログインすると、夕闇がもうすぐそこまで迫っていた。仲間たちは早めの夕食を取った後の食休みといった様子で、思い思いにくつろいでいたようだ。
なんだかんだでボクたちもすっかりと旅慣れたものだね。
しかし、ゲーム内での本格的な夜間行動は久しぶりのこととなる。
よくよく思い返してみると、この時間帯でリアルと似通った時間を過ごすのは初めてのことかもしれない。気合を入れて、けれど慎重にいきましょう。
「そろそろ出発しよう」
〔生活魔法〕の【光源】で先頭に立つリーヴと中央やや後方寄りのネイトの頭上に明かりを発生させる。松明やランタンなどの明かりを持つ必要がないため、いざという時に両手が自由に使えるというのは大きな利点だ。
やっぱり〔生活魔法〕は地味に便利、地味に有用ですにゃあ。パーティー内で最低一人は使えるようになっておくべきと言われるだけのことはあるね。
熊おじさんや宿の女将さんから聞くところによると、この辺りは街道沿いであれば夜になっても出現する魔物に変化はないということだった。
つまりファットマウスにグラスフォックスが主で、運が良ければロケットダッシュに合うこともできる……、え?魔物と遭遇してしまうのに運が良いのかって?
熊おじさんが「美味い」と言うだけあって、ロケットダッシュのお肉は絶品だったのです。それにうちの子たちはよく食べるからね。エンゲル係数を引き下げるためにも、食料の調達は必須なのですよ。
あ、ついでにその他の素材もいい値で売れるので確保しておいて損はない。以上の理由から、ボクたちにとってはロケットダッシュは是非ともお会いしたい存在となっていたのだった。
もちろん、そんな都合よく狙った魔物ばかり会えるはずもなく。
「物欲センサー、仕事し過ぎでしょ」
「何かおっしゃいまして?」
「なんでもなーい」
〔警戒〕技能に引っ掛かるのも、横合いから飛び出してきて戦闘になるのも、おデブなネズミさんとか草原に溶け込むような色合いをしたキツネさんばかりなのであった。
そして夜の闇の中を歩くことしばらく。
「もうすぐ一時間で魔物が襲ってきた回数は五回。平均すると十分そこそこに一回戦闘しているってことになるね。……昼間よりも魔物の動きが活発化している?」
「〔警戒〕で発見できた魔物の数は夜も昼もそうは変わっていませんよ」
と、ボクの予想はすぐさまネイトによって否定されることになった。
「ですが、今日の昼に比べると明らかに多いですわよ。もっとも、スホシ村の周辺で狩りをしていた時には比べるべくもありませんけれど」
そう。ミルファの言う通り今日の昼に比べると多くなっていることもまた事実なのだった。
「魔物の総数は変わらずで、活動自体もさして変化はなし。だけど戦闘回数は多くなっている、と……。夜になったことで魔物が凶暴化しているっていることなのかな?」
メタにゲームシステム的な言い方をするならば、戦闘に移行する範囲が広がっている、ということなのかもしれない。
「昼に比べて夜間の方が危険だというのはよく言われていることですから、その可能性もないとは言い切れませんね……」
どうにも歯切れの悪いネイトからの返答だったが、これには理由がある。
夜間が危険だと言われているのは、屋外フィールドの多くで夜にだけ登場する魔物が存在していて、その強さが大体昼間にも出現する通常の魔物よりもワンランクから数ランク上であることが大半であるためだ。
逆に昼夜問わずに出現する魔物であればその強さは変わらないとされているね。実際どれも苦戦するほどではなかったので、強さ的には変化はないように思える。
要するに、夜は危険イコール強力な魔物が出現するよ、ということなのだ。
今回の件は、魔物との戦闘回数が増えた、と言ってみればそれだけのことである。
しかも比較対象は今日の昼間の数時間だけで、それも体感的に「何となくそんな感じがする」というだけで戦闘回数をしっかりとカウントしていた訳ですらない。「気のせいでしょ」と言われてしまえば反論できない、あやふやなものだった。
まあ、だからと言って放置するつもりは毛頭ないけれど。
リアルでも当てはまることだが、こういう直感的なこと、第六感的なものというのは案外侮れなかったりするのだ。
「凶暴化していると仮定して……、どうしてそうなっているのかな?」
足を止めることなく歩き続けながらみんなに問いかける。
「お伽噺などでよくあるような、月に影響されたというのはいかが?」
この世界って、セリアンスロープという獣人たちが存在しているのに、なぜだかリアル同様に満月の狼男伝説みたいなものもあるのよね……。
まあ、恐らくは何かしらイベントための設定なのだろうけれど。
「個人的には面白いと思うよ。でも……」
「今日は三日月で、肝心の月はもうとっくに西の地面の下に姿を消してしまっていますね」
「あう……」
残念ながらミルファの説はあえなく撃沈となったのだった。
ただし、新月だとか月が出ていない夜間だけ凶暴化する、などという変化球がないとは限らないので、一応頭の片隅にだけは置いておくことにします。
だってアウラロウラさんみたいなファンキーで優秀なAIを開発しちゃうくらいだかね。その程度の意表を突くことくらい、ここの運営なら喜々として仕込んでいそうだもの。
まあ、今回に限ってはそれも当てはまらなかったのだけれど。
「何かに当てられた、とか?例えば強い魔物の気配だとか魔力とかに影響された、っていうのはどう?」
「それは……、わたくしたちからすると歓迎したくない話ですわね」
「まあ、あくまで仮説の中の一つとして言ってみただけだからさ」
「それにこの辺りに危険な魔物は生息していないとスホシ村の人たちも言っていましたから、恐れる心配はないでしょう」
それを聞いていたからこそ言ってみたという部分もある。
もしもそういう展開があったとしても、今ではなくもっと先のことだと思っていた訳です。
「うん。ボクもそう――」
思うよ、そう言おうとした瞬間の出来事だった。
前方の遥か先から「ヒョーヒョーヒョーヒョー!!」と咆哮とも嘲笑とも聞こえるような遠吠えと、複数の人のものらしき悲鳴が聞こえてきたのは。




