527 畑の攻防戦 3
計略とか策とか呼ぶにはおこがましいボクの怯え作戦だったが、見事に成功してディグボアとベジタリアンモールはお互いの攻撃によって片や深手を負い、片や目を回すという大惨事に陥っていた。
暫定ボスの二体ともが単細胞だったお陰だと言いたいところだけれど、対戦している者としての情けだ。ここは仲間を大勢倒されて頭に血が上っていた、ということにしておいてあげましょう。
「ふふん。これで主演女優賞はいただきだね!」
もちろん本気でそこまでとは思ってはいませんからね。多分いわゆる普通の状態であれば、ボスたちだってあんなあからさま演技に引っ掛かるような事はなかっただろう。
それにしても文化祭での出来事がこんなところで役に立つとはねえ。人生何が起こるか分からないものです。
おっと、いけない。戦いはまだ終わっていないどころか始まったばかりなのだ。
気を抜いていい場面ではなかったのだった。
「ベジタリアンモールは後回しにして、先にディグボアからやっつけよう!」
ボクがそう言うと、エッ君派すぐさま腕の中からぴょんと飛び出すと、ロケットダッシュとの勝負にすら勝てるのではないかという急加速で巨大猪へと迫っていく。
当のディグボアはモグラの鋭い爪によって引き裂かれた痛みと、迫りくる相手のサイズの小ささに無意識に油断をしてしまったのだろう。もうろうと意識でエッ君の後ろから近づくボクの方ばかりを見ていた。
それが痛恨のミスだったと理解するまでにそう時間はかからなかった。
得意な間合いどころか腹の下にまでもぐりこんだエッ君が、渾身の力で闘技の【昇竜撃】を放ったからだ。
「ブフォオ!?」
お、おおう!体積的に成人男性五人分はありそうな巨体が宙に浮かび上がりましたよ。
って、いけない!このままだと落下してエッ君が潰されちゃう!?
アイテムボックスから慌てて牙龍槌杖を取り出すと、走ってきた運動エネルギーまで全てぶつけるようにして思いっきり振り抜く!
「【スウィング】!」
「ゴッ!?」
目標が大きいから当てるだけなら精度をそれほど気にする必要がないので正直助かった。鼻先へと命中したその一撃によって、宙に浮かんだ巨大質量の位置がわずかながらに横方向へと移動する。
そんな余分にできた時間も利用して、エッ君は無事に巨体の落下地点から抜け出すことに成功していた。
「もう!ちゃんと攻撃した後のことまで考えておかないとダメじゃない!」
今の失敗は大怪我に繋がりかねないからね。戦闘中ではあるけれど、叱るべき時には叱ってあげないといけないのだ。
「でも、敵の下に潜り込んでの攻撃は良かったよ」
一方で、褒めるべき部分はしっかりと褒めてあげることも大切だ。
リアルの動物にも言えることだけれど、背中側に比べてお腹側は防御が低いというケースは多い。自分の体の小ささを活かしてその弱点を見事に突いたのだ。べた褒め案件といっても過言ではないです。
叱られてしょんぼりしていたエッ君が見る見るうちに復活していく。可愛いなあ。
しかしいつまでも和んではいられない。初手の同士討ちで大ダメージを与えた分があるとはいっても、そこはやはりボスということなのかディグボアのHPはまだ六割以上残っている。
さらにベジタリアンモールとの戦いも控えていることを考えると、流れのある今のうちに倒しきっておかないと。
「前足を集中して狙って!」
端的に大まかな方針を伝えると、エッ君は近くにあった左前足へとさっそく攻撃をし始める。これは先ほどの突進を危険と判断したこともあるけれど、逃げられないようにするという意味合いも含まれる。
魔法という遠距離攻撃手段があるとはいえ、あちらもまた行動の選択の幅が広がる可能性があるため距離を取られるのは避けたいところなのです。
「てえい!」
ボクはといえばエッ君とは反対側の右前足をガンガンと攻撃しております。
「うわっと危ない!?」
時々嫌がるように頭を動かしては、その名前の由来らしいスコップのような形になった牙を振り回してくるので、攻撃ばかりに気を取られてはいられない。
何しろほんの少しかすっただけでも小さなダメージを与えてくるのだ。
一撃でHPが全損してしまうような極悪な攻撃も恐ろしいけれど、こういう一見地味で目立たない攻撃も危険なのよね。塵も積もれば何とやらで、攻撃にばかり気を取られているといつの間にやら瀕死になっている、なんてこともあり得るからだ。
それでも延々と張り付いていられるので効率はかなり良く、順調にダメージを加算していくことができていた。
「モッフー……!」
そしてついに悲痛な叫びと共にディグボアが蹲る。エッ君との前足破壊競争は引き分けだったようだ。
ふっ。なかなか腕を上げたようだね。
「お待たせしました!私たちも援護に入ります」
ふいに背後からネイトの声が聞こえてくる。残念。ボクたちだけでボスの二体を倒そうという計画の方は時間切れとなったみたいだ。
いや、まあ、そこまでこだわっていた訳でもないから構わないのだけれどね。安全に勝てることに越したことはないので。
「こっちはこのままボクとエッ君で受け持つから、みんなはそっちのベジタリアンモールの大物をお願い!」
「了解ですわ!」
「くれぐれも無茶だけはしないでください」
二人の声には張りもあるし、疲労で無理をしているなんてことはなさそうだ。
もう一体は任せてしまっても問題はないだろう。
「さあて、エッ君。いくら人数が違うとは言っても、みんなに討伐を先越されてしまうのは結構情けないよね。急いでこいつをやっつけるよ!」
「ブ、ブモー!?」
改めてボクたちが殺る気を出したことで危機感を抱いたのか、ディグボアボスが悲鳴を上げる。
だけど残念もう遅い。イベントクリアのため、スホシ村の人たちからの信頼を得るため、
「そして何よりもボクたちの美味しいご飯のためにー!」
ボクの頭の中ではさっきからずっとスーパーの生鮮肉コーナーで流されているお肉の歌がエンドレスで流れていたのでした。
そんな欲にまみれた思考が影響したのかどうかは定かではないけれど、この戦いでのドロップアイテムはなぜだか食材が多数を占めていたことを追記しておく。
え?ベジタリアンモール?
ボクとエッ君を除くみんなとの戦闘になって無事でいられるとでも?




