517 群れだった!?
初めてのはずなのに、どこか聞き馴染みのあるこの可愛くない声は……。
そんなことを思いながら目を凝らしていると、丸々とした物体がいくつも草むらから飛び出してくる。
「ああ、やっぱりデカネズミだったかー」
隠れていたのはクンビーラ周辺で散々狩り回ったトゥースラットに似通った巨大なネズミ型の魔物だった。
ただしあちらよりも一回り以上大きく、ブレードラビットほど――およそ八十センチ――の体長となっております。すかさず〔鑑定〕を行うと、表示された名前は『ファットマウス』。
「大きいだけじゃなくて太ってるの!?」
うん。よく見てみれば丸々と肥えております。鼠が複数の、しかもかなり危険な病原菌のキャリアーだというリアルの知識がなければ、結構いい食材供給元に思えたかもしれない。
「魔物はファットマウス!苦手なのは火属性で、特別頑丈な部位がない代わりに、弱点になる部位もないみたい!」
視界に表示されていく情報を読み上げている間にも、仲間たちは次々に攻撃を行ってファットマウスたちにダメージを与えていく。
「ちっ!思っていたよりも数が多いですわね!」
舌打ちをしながらミルファが剣を抜いて接近戦の構えを取る。どうやら群れが一塊になって休んでいたらしく、倒しても後ろから次々と別の個体が飛び出してくるという嫌な展開になってしまっていた。
「一体ごとの強さはさほどでもありません。取り囲まれないように注意しながら各個撃破していってください」
「了解」
前に出たミルファやリーヴ、エッ君より少し後ろ、チーミルと並んで立つと龍爪剣斧を取り出す。
「チーミルはエッ君のフォローをメインにして動いて。ボクはミルファとリーヴの助っ人に回るから」
「分かりましたわ」
この分け方に深い意味がある訳ではなく、単に体格差がない方が動きやすいだろうというだけの話だったりする。
さあ、おデブネズミの駆除といきましょうか。汚物は消毒なのです!
「き、きつかった……」
最期の一体を倒しきったボクたちは疲労困憊でその場へと座り込んでしまった。
接近時にネイトが言った通り、ファットマウスは単体で見ればそれほど強くないどころか弱い部類であったように思う。なにせ龍爪剣斧で一回から二回斬りつけるだけで大半を倒しきることができたくらいだったからね。
が、その数が尋常ではなかった。多分ボク一人だけでも十や二十といわないだけの数を倒したのではないかな。
ふと時計を見てみれば十分程度しか経っていない。時間にしてみればそれほど大したことはしていないように見えるかもしれないが、間断なく押し寄せてくる魔物を常にさばいていくというのは、想像以上に精神を疲弊させるものだったよ……。
解体の設定を短縮にしたままで良かった。これから解体用ナイフをプスリと刺して、アイテムを拾っていくなんて作業をやる時間もなければ、元気も残っていないです。
「みんな、だいじょうぶー?」
「ドワーフの里での掃討戦の時の方が、魔物の強さも数も上だったはずですのに、今日の方が余程きつかった気がいたしますわ……」
「あの時はわたしたち以外にも多くの人たちが居ましたので、精神的な余裕という面では今回とは比にならないくらい楽だったと思いますよ」
それに通りすがりのブラックドラゴンさんのお陰で、魔物たちは浮足立っていたからね。負ける要素なんてなかったので、ネイトの言うように今回とは緊迫感に雲泥の差があったように思う。
「ところでみんな、動けるようになってきた?」
追加の魔物が発生してしまうかもしれないので、そろそろこの場から離れないといけないのだ。
「連戦や挟み撃ちを回避するために戦ったのに、この場に居座ったがために続けて魔物と戦う羽目になるのは本末転倒というものでしょう。多少苦しくても急いで移動を開始すべきですね」
そう言って率先して立ち上がったネイトだけれど、その顔にはボクたち同様疲労の色が濃くにじんでいた。指示役を任せたことに後悔はないけれど、根が真面目だから無意識のうちに色々と抱え込んで無茶をしてしまいそうだ。
任せきりにならないように気を配ってあげなくちゃいけないね。
「無理はしないで。トレア、ネイトを運ぶのをお願いできるかな」
頼られたのが嬉しいのか、ニコニコと笑顔で頷くトレア。
うちの子可愛い。
「いえ、わたしだけが楽をする訳には……」
「ダメだよ。いきなり慣れていないことをしたから、自分で思っている以上に心が疲弊しているかもしれないからね」
ミルファもだけれど、サブリーダー的な感じでうちの子たちに指示を出したりすることは日常的にあった。だけど、それはあくまでもパーティーが分断されるといった場当たり的なものであり、今回のようにがっつりとリーダー役を務めるのはほぼほぼ初めてと言って差し支えないだろう。
今はまだ戦闘の余韻によって気持ちが高ぶり、それに釣られる形で身体的な疲れも感じにくくなっているようだけれど、時間が過ぎることで糸が切れるように心身への負担が急激に発生する危険があるのだ。
リアルでも体育祭等の実行委員など立場のある役割を任された生徒が、学校行事の後に安堵感から体調不良になったという話は枚挙にいとまがなかったりするし、里っちゃんはともかく、雪っちゃんたち生徒会役員の子たちですら実際にそうなったこともある。
「ネイト、あなたにはこの先も〔警戒〕で魔物の接近を感知するという大役がありましてよ。それを果たすためにも今は気力の回復を優先するべきではなくて」
そんなミルファの言葉によって、ネイトは渋々トレアの背に乗ることを承諾したのだった。
うーむ……。結局最後は彼女の責任感に寄り掛かる形になってしまったような……?
「彼女を休ませたかったという気持ちは分からなくはありませんけれど、わたくしたちは仲間でしてよ。もっと信頼して頼ってもらいたいところですわね」
街道に向かって歩き始めた直後、側に近付いてきたミルファからそんな指摘を受けた。
「……そんなに背負い込んでいるように見えた?」
「ええ。もちろんリュカリュカにそんなつもりはなかったのでしょうけれど」
イエス。まったくそんなつもりはなかったよ。
しかし、ミルファがそう感じたということは恐らくはその通りなのだろう。
いやはや、予想外の展開の目白押しに、ボク自身思っていた以上にプレッシャーを感じていたらしい。




