510 相談の提案
「もちろん、今のはボクの勝手な想像だから、そうならない可能性も十分にあるよ」
仮にこちらの姿を発見した時、あちらが一体どんな反応を示すのか、それすらもはっきりとは分かっていないというのが、ボクたちの置かれている現状なのだ。
「シジューゴ君。だから君は今、ボクたちに対して二種類の注文のどちらかを出すことができるんだ」
一つはこれまでの主張の通り、彼らの取引相手である村の様子を探ること。
そしてもう一つは、その村には近付かずに、森から離れた場所にある村や町へと向かうこと。
「ボクたちは既に情報という名の報酬を貰っているから、どちらの指示であっても従うよ。まあ、離れた場所に向かえと言うなら、できれば少しは食料なんかを融通してもらいたいところだけどね」
お腹ペコペコになって途中で行き倒れてしまうという未来予想図は、さすがにぞっとしないものがあるので。
うんうん唸りながら悩み始めたシジューゴ君を眺めていると、何やら熱い視線を向けられているような。
振り返ると険しい顔つきとなったネイトと、ジト目のミルファがいた。
「勝手に話を進めてごめんね」
「リーダーはリュカリュカなのですから、それは別に構いません。ですが、あの子はこれまでの会話も内容も理解しているように見えましたから、自分の仲間の平穏か、取引相手の村人たちの安全の二者択一を迫られているように感じているのではありませんか?」
「いくら何でもそんな選択をわずか十歳そこそこの子どもに迫るというのは、底意地が悪すぎるのではなくて?」
うん。かなりの無茶振りであることは自覚してます。
しかし、二人から揃ってたしなめられるとは思わなかった。初手からこちらのペースに巻き込んだことで、シジューゴ君に対して同情的になっているのかもしれないね。
「悩むように誘導したのは間違いないよ。でも、そこで見捨てるつもりはないから。ちゃんとヒントは与えてあげるつもり」
最終的な選択はシジューゴ君たちにゆだねるけれど。
小声で二人に返すと、悩み続けている彼へと向き直る。
「ねえ、シジューゴ君。君が一人で決めることができないのなら、誰かに相談してみたらどうかな」
「え?」
「ああ、ここから先はボクの独り言だから答えなくてもいいよ。こちらとしても君から聞いた情報を元にして、これからのどう動くか考えなくちゃいけないから。ああ、調薬のための薬草類の採取もしておきたいし、できることなら出現する魔物の強さも把握しておきたいかな。そんな訳で、今日一日は出発のための準備に費やすことになりそうだね」
言外にボクたちからの提案を仲間のところに持ち帰れ、と伝えたのだけれど……。どうやら理解できているようだね。
落ち着きなく忙しなく動いていた彼の眼が、しっかりと焦点を捉えるようになっていた。
「明日の、そうだなあ……。昼まではここにいるよ。そして誰も現れなかった時は、村には近寄らずに遠くの町か村へと向かうことにするから。いいね?」
「……分かった。急いで戻って相談してみるよ」
「うん。どっちの選択をするにしても、明日また会えることを願っているよ」
そんな別れのあいさつにコクリと一つ頷くと、彼は小屋から飛び出して近くの大木を登ったかと思えば、枝から枝へと飛び移るようにしてあっという間に木立の向こうへと姿を消してしまったのだった。
すっごい身体能力とバランス感覚だわ。猿のセリアンスロープなのは伊達じゃないってことね。
「上手く説得できますかしら?」
「さあね。ボクたちの様子を探っていたのは、無断でやっていたことみたいだったし、もしかすると弁解の余地もなく反省室みたいな場所に放り込まれてしまうかもね」
ヤンチャ――どことは言わないけれど『ム』ではない――ないたずら小僧の立ち位置っぽかったから、無事に話を聞いてもらえるかどうかだけでも確率的には五分五分といったところではないと予想しますです。
そこからようやく説得を始めることになるため、明日出発の前に再会できるかどうかはかなりの未知数ということになりそうだ。
ちなみに、提案を持ち帰らせたのはシジューゴ君一人に選択の重責を押し付けないようにするためであると同時に、彼の仲間たち全員を巻き込むためでもあった。
どう言い繕おうとも、彼らは物々交換という形で森の外とかかわりを持っていたのだ。今さら無関心を装うのは筋が通らない。
だからこそ彼ら自身に、彼ら全員に選択させるのだ。
もっとも、シジューゴ君が知らないだけで、それぞれの上の同士で何らかの話し合いが行われており、既に方針は決まっているという可能性もある。
まあ、その場合は先ほどもシジューゴ君に伝えた通り、近くの村には寄ることなく、森から離れた人里を目指すことになるだろう。
「これ以上シジューゴ君たちに関与することはできないんだし、ボクたちはボクたちにできることをやろうか。これからまたしばらくは旅の空の下という可能性もあるから、せめて回復薬や傷薬のストックくらいは作っておかないとね」
「結局、ドワーフの里を出発して以降は、まともに補給ができていなかったですからね」
シジューゴ君に気を遣った訳ではなく、実は本当にやることが山積みとなっているのです。
「食料の確保のことも考えておくべきですわね。あの調子ですと、食べ物を分けてもらえるどころか、出発の挨拶すら交わせるかどうか」
そればっかりは縁だろうからなあ。今さら追いかけようにも下手に歩き回っていると、森にかけられた魔法で外へと誘導されてしまうだろう。
あれ?つまり自由に動き回ることができる範囲が限られているってこと?これって結構厳しい制約じゃないかな。
「小屋が見える所であれば大丈夫だったんだよね?」
「はい。小屋さえ見えていれば自分の位置を見失うこともなく問題なく動けていましたよ」
「その範囲に薬草類が生えていたり、お肉にできる魔物と遭遇できたりすることを祈るしかないか」
「その魔物が、わたくしたちでも十分に倒すことができる程度の強さでしかないことも付け加えておいていただきたいですわね」
確かに、お肉にしようと挑んで返り討ちにあったのでは、目も当てられないわ。
ゲームだから、ボクたちのレベルに応じた魔物の強さになっているのではないか、なんて淡い期待もしているのだけれどね。
でも、『OAW』の運営だからなあ……。期待を裏切るというか、意表を突いてくる可能性も無きにしも非ず?
はてさて、どうなりますやら。




