51 どとーの展開
突然現れたおじさんは、なんと魔物を操っていたとか言い出した。しかもまるで寝起きのように頭を振ったりしている。
え?最序盤で弱いとはいえ魔物が出てくる街の外で昼寝とか、もしかしなくても変質者?
「誰が変質者だ!お前がいきなり魔法で気絶させてきたんだろうが!」
おっと、知らずに声に出てしまったらしく、ぎゃんぎゃんとわめきたて始めた。
それにしてもボクがいきなり魔法で気絶させた?
エッ君と顔を見合わせながら記憶を探っていくと……、
「ああ!林に入った途端に出てきて、何か変なことを口走っていたおじさん!」
いきなり目の前に現れたから、咄嗟に魔法を使っちゃったんだよね。それに何か変なことを口走っていたような覚えがある。
「おじさん言うな!俺はまだギリギリ二十代だ!」
「その言い方が既に三十目前のおじさんだって表明しているようなものだと思うよ、おじさん」
「このガキ……!」
苛立ちを露わにするおじさんに対して、どこ吹く風を装う。
本当のことを言うと、内心はドッキドキものです。ブラックドラゴンの時や冒険者協会の時とは違って、誰一人として助けてくれる相手がいないからだ。
全てを一人で何とかしなくちゃいけないというプレッシャーは想像するよりも厳しいものだった。
ここは昔の偉い人が言ったように三十六計逃げるに如かずといきたいところなんだけど、クンビーラの街があるのは、おじさんやブレードラビットたちがいる方向なんだよね……。
襲われそうな様子も見られないから、操っていたというのも本当の事のように思える。それどころか、今もまだ現在進行形で操っていると考えた方が良さそうだ。
選択肢から強行突破の項目を消去する。
そうなると逃げる手段で残ったのは、大きく迂回するという方法になる。……これも色々と問題点がありそう。
まず、大回りをするということで体力をかなり消費することになる。ゲーム内で、しかもHPを回復させたばかりだからこの点については何とかなるかもしれない。それでも希望的観測からは抜け出せてはいない。
当然、あちらだってじっと動かずに見ている訳ではないだろうから、回り込まれてしまう危険性だってあるのだ。
そして何より、逃げ始める瞬間には隙を見せてしまうことになる。最悪、逃げようと振り返った瞬間にゲームオーバーということもあり得る。
なにより、おじさんは敵対する気満々のようだ。
え?ボクが煽ったせい?……まあ、そういう部分もあるのだろうけれど、元々あの人はこちらに悪意を持っていたように感じられるので、結局のところは同じ展開になってしまっただろうと思う。
「戦うしかない、かな……」
ボクの呟きを聞きつけて、腕の中でやる気になっていくエッ君。すっかり好戦的になっちゃったみたい。
いや、そうでもない?確か出会った時も悪そうな人たち相手に大立ち回りをしていたし、ボクが訓練している時には冒険者の人たちと乱取り稽古をしていたっけ。
うん。元よりその気はあったと見るべきだろうね。
でも、戦うとしても圧倒的不利な状況は変わりがない。ブレードラビットたちはまだ十数匹は残っている上、それを操っているおじさんが追加されている。
どういう技能によるものなのかは分からないけれど、最初期の雑魚魔物よりも弱いなんてことはないはずだ。
せめて広範囲を攻撃できるニードル系の魔法が使えるようになっていれば、少しはマシだったのだろうが、今さら言ったところでどうしようもない。
「こんなことになるなら、『帰還の首飾り』がテイムモンスターにも対応しているのかも確認しておくべきだったかな?」
あれ?それ以前にテイムモンスターのHPがなくなってしまった場合ってどうなるんだろう?
この辺のことも後で調べておかないと。もっとも、今のピンチにはどうやっても間に合わないんだけどさ。
クエスト開始時点までリセットしなくちゃいけないかも、という最悪の展開を想定しながら戦闘の用意を……、って、短槍を落としたままだった!?
……最悪が割と現実味を帯びてきたかも。いや、ゲームなんだけどさ。
そして、そういう気持ち的にいっぱいいっぱいな時に限って妙なことが起きるというのが、この『OAW』というゲームなようだ。
《イベント『伝説の騎士』が発生しました》
という相変わらず空気を読まないインフォメーションが表示されたかと思うと、横合いからいきなり何かが飛んできたのだ。
それはボクたちとおじさんたちのちょうど中間あたりにザクっと突き刺さったのだった。
「か、看板?それとも立て札……?」
時代劇に出てくるお触書が書かれているようなやつです。
分からない?ええと……、あ、手持ち看板!入場行進なんかで先頭の人が持っているプラカードのような物だと思って!ただし、両面用みたいだけど。
そこには一言、こう書かれていた。
「『待ちなさい!』?」
なんのこっちゃ?意味不明というか、突然の乱入にボクとエッ君は顔を見合わせて首を傾げてしまった。ところが一方のおじさんは、
「だ、誰だ!?どこにいる!?」
きょろきょろと周囲を見回していた。
さすがはNPC。お約束な行動だけど、だからこそ素晴らしい!なんだかちょっと感動してしまったよ。
あ、一応ブレードラビットたちも首を振っていたのだけど、それはおじさんの動きに触発されただけで何かを探しているという訳ではなさそうだった。
ふっ。しょせんは雑魚魔物だよね。……その雑魚魔物に危うくやられそうになっていたことは忘れてねカッコはぁとカッコトジ。
再び風切り音がしたかと思うと、気が付けば新しいプラカードがサクッと地面に突き刺さっていた。
「いやいや、『私はこちらだ!』とだけ書かれましても……、ねえ?」
叫んだとかならば声の出所を探ることができるけど、文字ではどうしようもない。
まさかプラカードの陰に隠れているなんてことは……、やっぱりなさそうだ。じっと観察しているとプラカードが視界から消え、次の瞬間には新しい物が突き立っていた。
どうやら、回収しては書き直すという形で再利用しているようだ。ゲームなんだから次々に新しいものを出せても問題ないのでは、と思うのはボクだけ?
まあ、おかしなこだわりは一旦置いておくとしまして、新たに突き立ったプラカードにはボクから見て左を差す大きく矢印が追加されていた。
それに従ってゆっくりと視線を動かしていくと……。
そこには美しい白銀の鎧兜が堂々とした姿で立っていたのだった。