509 依頼を受ける条件
まあ、いくら広大で実り豊かな森だとは言っても、そこからの収穫物だけで暮らしていくというのはなかなかに難しいものであるようで。
早い話、シジューゴ君が所属している一団は森の近くにある村とひっそりこっそり物々交換のような事を行っていたらしい。
この小屋はそもそも、そうした交換会の場として作られた物であったのだとか。道らしき道がなかったのは、毎回違うルートで案内していたことに加え、特殊な魔法で草木に働きかけることで人が通った跡を消しているからだそうだ。
「おうっふ……。数年以上放置されていたというボクたちの予想は、ものの見事に外れていましたか……」
「これを予測するのは無理があると思いますけれど」
「外れたことを悔やむよりも、そのような手段があると知り得たことを今後の糧にするべきですわ」
ミルファの言うことももっともだ。逃げるにしろ追うにしろ、この魔法は森や林を舞台にしている限りとてつもなく有用だ。そしてその分使用される側からすれば厄介極まりない。
そうした手があると知っているのといないのでは、いざという時に大きな差となって現れるだろうからね。
今の時点では彼からの依頼を受けるか未定であるため、これ以上情報を貰い過ぎてはいけない。
という建前であえてぼかしてもらったけれど、シジューゴ君たちの方も恐らくは村規模の集団だろうね。彼自身は森から出たことがなかったようだけれど、その仲間たちが生粋の森の住人であったのかどうかは疑問が残る。
もしかすると、圧政に耐え切れずに死を覚悟して森へと逃げ延びてきた人々の末裔なのかもしれない。
もっとも、その辺りの詳しい過去の来歴は直接ボクたちに関わってくることではないだろうから、頭の片隅にでも置いておけば問題ないでしょう。
本題はここからだ。今から三週間ほど前、取引を行っている村の人たちから「しばらく、いや、もしかするともうここには来ることができないかもしれない」的な言葉を聞かされたのだそうだ。
そして一週間前、その言葉の通り取引相手たちはいつもの取引の期日が来ても約束の場所に現れることはなかったのだという。
「つまりシジューゴ君は、その取引相手である外の村がどうなってしまったのかを、ボクたちに探って来て欲しいという訳だね?」
「うん」
ふうむ……。ボクたちもさらなる情報を手に入れるためには、森から出て手近な村や町へと赴くしかない。だから、その行き先をシジューゴ君たちと取引のある村にするのは別段問題はない。
むしろ情報を得やすくするためにも、少しでも伝手があるならば積極的に利用するべきだろう。
しかしながら、何の障害もないかと言えばそうではないだろうとも思う。
第一に、向こうの村人たちに信用してもらえるかどうかが不透明だ。もちろん、シジューゴ君からは彼と繋がりがあると分かるような物を預かれないかと交渉するつもりではあるが、それを見せたところで本当に彼からの依頼を受けてきたのだと信じてもらえるかは未知数だ。
こればかりはボクたちではどうすることもできず、シジューゴ君たちとその村の人たちがどれだけしっかりとした信頼関係を築くことができていたのかという点に加えて、シジューゴ君個人のことをどれくらい深く理解している人がいるのかという点にかかっている。
前者が不適当であれば、森から来たと告げた時点で敵対行動をとられてしまう可能性があるし、後者が不足していれば最悪の場合、「殺してでも奪い取った!」などと解釈されてしまうかもしれない。
これらを踏まえた結果、ボクたちは依頼を受けるための条件を付けることにした。
本来なら依頼者側が付けるべきことなのだけれど、シジューゴ君はどんな危険が潜んでいるのかよく分かっていないようだからね。
「まず、絶対クリアしなくちゃいけないラインを決めておくね」
「わたくしたちの力量から考えますと、村の外から様子を伺う、くらいですかしら?」
「そうですね。<シーフ>や<シーカー>のように斥候が務められる技能を持っている訳ではありませんから、それくらいが妥当だと思います」
これにはボクも賛成だ。一応、ネイトとボクは〔警戒〕と〔気配遮断〕の二つの技能を持っているから、多少近付くことならできるかもしれない。
が、敵か味方かも分からない人たちが多数居る場所に潜入して必要な情報を集めるような真似はできないだろう。発見されるまでの時間をほんの少しだけ伸ばすことができるかもしれないかも?というのが精々だと思う。
「おかしな気配がなければ当然村の中にまで入ってみるつもりだけど、もしも兵士や騎士、貴族とその取り巻きなんかが居座っているようなら、遠目から様子を伺うだけになると思うから、その点は納得してね」
運悪く捕まったりしてしまえば、ボクたちだけでなくシジューゴ君や彼の仲間たちにまで危険が及んでしまう可能性がある。
このリスクについて彼にはしっかりと認識してもらっておかないとね。
「自分だけじゃなく、周囲の人たちも皆巻き込んでしまうってことだけはよく理解しておいて」
「わ、分かった……」
ような、ではなく脅しそのものの言葉に、ゴクリと唾を呑み込むシジューゴ君。
厳しく口うるさい説教じみた物言いになってしまったけれど、後々似たような状況になった時に下手な正義感や義憤、感情の高ぶりによって大暴走をされても困りますので。
「そのことにも関係してくるんだけど、仮に村が非常事態になっていたとしても、問答無用で救出に向かうような事はしないからね」
これはシジューゴ君に伝えるだけではなく、みんなに、そして何よりボク自身に言い聞かせる必要があることだった。
「……理由を聞いてもよろしくて?」
「さっきも言ったように、へまをするとシジューゴ君たちにまで危険が及んじゃうからだよ。ボクたちが正規のルートで村のある領地にやってきたのではないことは、少し調べれば分かることだからね。森に住んでいる人々に行き当たるのも問題だけど、今はほら、貴族同士で争い合っているでしょう。森を抜けてやってきた他領の間者か何かに勘違いされそうなのよね」
表層のごく一部しか活用できていない不帰の森を隣接する領地の貴族たちが放置したままにしているのは、ひとえに要害として防衛線の機能を果たしているからではないかな。
だから、もしもそれが機能せずに他領の者が自由に出入りできるようになっていると解釈すれば、百害あって一利なしと判断されてしまうかもしれない。
「そうなれば最悪、本当に森を焼き払ってしまおうとする大バカ者が現れる可能性がないとは言えなくなっちゃう」
木々が赤々と燃え上がり、動物や隠れ住んでいた人たちが逃げ惑う光景を思い浮かべてしまったのか、シジューゴ君は真っ青な顔色になってしまうのだった。




