503 どちらに向かえば
顔を洗って目と頭をしゃっきりさせたところで、朝ご飯を食べながら森を抜けるための方策を話し合う。
ボクがMP枯渇の反動で眠り込んでいた間に、小屋の周りを探索したらしいネイトの話によると、どの方向に向かってみても木々の生い茂り方は同じだったらしい。
これが何を意味するのかというと、
「残念ながら森の外縁部ではないということです」
とのことだった。ついでに言うと、リアルでいうところの里山のように人の手が入っている気配も感じられなかったらしい。
「つまりは自然の森、原生林の真っ只中ってこと?」
「そういうことになりますね」
「あれ?でも、ここに小屋があるよね?」
「良いところに目を付けましたね。そこがおかしいのです」
やった。ネイト先生に褒められた!……などとおふざけをしている場合ではなかったね。
一体何がおかしいのか、続きを聞いてみましょうか。
「こうして小屋が作られているにもかかわらず、道が見当たらなかったのです」
「え?獣道すらも?」
「はい」
なるほど。それはおかしい。森の中なのにこの周辺は開けた空間になっている。よって小屋の材料となったのは、この場に生い茂っていた木々だったのだろう。
しかし、ですよ。材料があったとしてもそれだけで勝手に小屋ができ上がるはずもなく。小屋作りを行った人たちが出入りするための道がなくてはいけないのです。
それに何より、小屋というのは作ればそれで終わりというものではない。
寝泊りのためだったのか、それとも一時的な休憩のためだったのかは分からないけれど、完成した小屋を利用していたはずなのだ。
そうして往来が続くことによって、地面が踏みしめられて道となっていくのだ。
「極小人数の物しか行き来していなかったとしても、ここまで道の痕跡がなくなるまでには年単位の歳月が必要となるでしょう。よって、この小屋が放棄されたのは数年前ではないかと考えられます」
ネイトの仮説はなかなかに説得力のあるものだった。でも、その割には小屋の状態は良過ぎるように感じられる。
ほら、よく言うでしょう。「人が住まなくなった途端に、家の傷みは早くなる」って。
家とは少し異なるかもしれないけれど、利用者がいないまま数年以上放置されていたとなると、もっと壁や屋根の板材が風化してしまうのではないだろうか。
「そうなのですか?そのような話は初めて聞きますわ」
興味深そうに口を挟んできたのは、それまでずっと聞き役に徹していたミルファだ。
クンビーラという都市国家育ちの彼女からすれば、深い森の中は『土卿エリア』での旅路以上に未知の世界だと言える。
騎士団の訓練に参加していたり、クンビーラの街周辺の魔物退治に同行したりすることはあっても、森の中への遠征などはさすがに公主様も宰相さんも許可を出さなかっただろうからね。
「クンビーラだと空き家でのまま放置されているなんてことの方が珍しかったんじゃないかな。スラムも廃墟に見せかけて裏社会の連中が色々と利用していたって話だったし」
そんなスラムもブラックドラゴンさんの一件を機に再開発が行われたことで、すっかり様変わりしてしまったそうだ。
「話を戻しますね。小屋の状態が良いというリュカリュカの指摘はもっともだと思います。先ほどの道の件にも関わってくるのですが、魔物を含めて大半の野生動物というのは、基本的に人の匂いや気配が残っている間はその場に近寄ろうとはしません」
プレイヤーを始め人の姿を見つけると襲い掛かってくアクティブモンスターのように、ゲームとして成り立たせるための補正などもあるから、例外も結構多いけれどね。
そこは突っ込んではいけない部分なのです。
「森に道がのみ込まれてしまうほどの長期間ともなれば、人の気配や匂いも当然消え去ってしまっているはずです。それなのにこの小屋は魔物や動物に壊されたり住処にされたりするどころか、周囲に近付いている様子もないのです」
確かに、気性の荒いやつならば異物である小屋を壊そうとしてもおかしくはないし、賢いやつなら逆に雨風をしのぐための場所として活用しそうでもある。
ところが、この小屋には魔物や動物が近寄ってすらいないのだとか。そういう意味でも、小屋の状態は良過ぎると言えそうだわ。
「一応確認だけど、この小屋が建てられたばかり、なんてことはないよね?」
「ないですね。上っていないのでさすがに屋根までは分かりませんが、壁の外側には長年風雨に晒された跡が見られますから」
ネイトいわく小屋の壁には、材木の傷みを防ぐための薬剤などが塗布されていて、重ねて塗り直されている箇所もあれば、反対にはげかかっている場所もあったのだとか。
正確な期間は分からないが、修繕をしながら長年使用されていた建物であることに間違いはないようだ。
「ううん。今でも最低限の補修だけはされているのかもしれない」
そう仮定すれば、こんな森深い所にポツンと小屋が立ち続けている説明にはなる。
ただし、
「ですが、森の外からどころか、この場所へと近寄ってくるための道らしき道がないのですわよね?一体誰がどうやって、何のためにそんな手間をかけていましたの?」
ミルファが問うてきたような新たな難問が浮かび上がってくるという、問題に直面することになるのだけれど。
「一難去ってまた一難じゃないけど、分からないことだらけだなあ……。あれ?」
いや、ちょっと待とうか。そもそもどうしてこんなことを話し合っているのだったかな?
うん。それは当然この何処かも分からない場所から脱出するためだよね。おかしな点や不可解な点がいくつもあったためにすっかりそちらに気を取られてしまったが、差し迫った目的は人里へと辿り着いて自分たちの居場所についての情報を得ることだ。
つまり究極的には、この小屋が何の目的で誰に作られていようが、どうやってそれを保っていようが、ボクたちにとっては大勢に影響はないのだった。
「言われてみれば……」
「その通りですわね……」
話題が白熱してしまって当初の目的からすっかり遠ざかる、という典型的な流れになってしまっていた訳だね。
うん。割とよくある。
そしてどうでもいいと判断した直後に思わぬ方面から事情が解明されるというのも、割とよくある展開だったりするのよねえ。




