492 舞台2 悪巧み
カラフルな文字が豪快に動き回るのはボクのツボだからダメだってば!怪しい男役だった人たちの動きに、思わずあの時のことを色々と思い出して吹き出しそうになってしまった。
危ない危ない。危うく乙女にあるまじき「ぼふぁっ!」とか「ぐふっ!」とかいった声が漏れ出すところだったよ。
「き、君の名前は『エッ君』だよ」
なるべくそちらには目を向けないようにしながら、ようやく大切な台詞を言い終えるのだった。
さてさて、ここまではリュカリュカこと『テイマーちゃん』の初日の冒険をそれなりに忠実に再現してきた訳ですが、ここからは展開が異なる。
時間が一気に進み、街の外に出たところで『エッ君』の存在に気が付いた野良ドラゴンに襲われてそれを撃退する、という流れになるのだ。
いやいや、野良ドラゴンて……。
と思ったのだけれど、『OAW』の方ではともかく『笑顔』の方には高レベルの雑魚魔物として出現するそうです。
保健室で会長の代役を務めると公言してから、一通り台本を読み込んでストーリーを把握した時点で、ボクはぽつりと呟いた。
「ドラゴンを相手に大立ち回りかあ……」
クライマックスの対戦相手であるドラゴンは、段ボールと布で作られた大きな張りぼてなのだとか。
段ボール製の頭部分を黒子さんが持ち、布で作られた首から胴体にかけてはステージ奥の旗などを括りつけるところから吊り下げるらしい。
「これ、大きさは表現できても、その分こちらの動ける範囲が狭くなるよね?」
「うん。胴体の前半分くらいしかないから、背後に回り込んだりはできないかな」
「だよねえ……。というか、そもそも一人で巨大なドラゴンをやっつけるという展開が想像できない」
「優ちゃん……。それを言ったらお話が成り立たないのだけど」
ボクの素直過ぎる心情の吐露に、里っちゃんも苦笑いです。
もっとも、それ以外の人たちに至っては河上先輩と木之崎先輩も含めて唖然としていた。まあ、自分から代役に名乗り出ておいて、直後に台本にケチをつけ始めたのだからある意味当然の反応ではあるかな。
「で、優ちゃんは代わりにどんな展開を思い付いたのかな?」
そんな皆を尻目に、ニンマリ笑いながら問いかけてくる従姉妹様。
あはは。さすがは里っちゃんだ。では、腹案を披露させて頂きましょう。
「うん。こういうのはどう……」
こうしてボクたちの悪巧みが始まり、演劇部を始めとする有志の協力者たちをも巻き込んで、急遽台本の修正が行われることになる。
「ど、ドラゴン……!?」
突如現れたその巨体に『テイマーちゃん』が慄くような声を発する。それは観客たちも同じだったようで、そのあっという間の登場の様子に感心する唸り声があちらこちらから聞こえていた。
「我らドラゴンの血族を従えるとは不遜な人間め。どのような卑劣な手を使った?」
「ちょっと待って!ボクは何も酷いことはしていないよ!」
「問答無用!」
「この、分からず屋ー!」
叫んだのと同時に、その感情の爆発に反応したかのようにエッ君がドラゴンに向かって突撃する。
もちろん、人形が自力で動くはずもなく、黒子さんがとても綺麗なフォームで投げました。緊迫したシーンのはずなのに会場大爆笑。
「ぐはあっ!?な、なぜだ!?ドラゴンがなぜ人間などに従う!?」
「言ったでしょう。ボクたちが一緒にいるのはエッ君の意思でもあるの」
「ぐぬぬ……。認められん。高貴なドラゴンが下賤な人間に従うなど……」
「……ふうん。圧倒的な力で叩き潰すのがドラゴンの高貴さなんだ。下賤な人間のボクからすればとっても野蛮に思えるね。高貴カッコ笑い」
ふふんと鼻で笑ってやると、ドラゴンは顔を赤くして激昂する。
細工細かいね!?まさかこんなギミックが仕込んであるとは驚きだったよ!?
「おのれ!ドラゴンをバカにするのか!」
「対等な条件での勝負もできない弱虫から何かを言われたところで痛くもかゆくもないですねー」
「……いいだろう。その挑発に乗ってやる!」
この台詞が終わるや否や、ドラゴンの巨体がばさりと落ち、そこには一人の人影があった。
後から聞いた話だと、胴体上部は大き目の洗濯ばさみで固定していただけだったので、強く引っ張れば簡単に落ちてくる仕組みだったらしい。布製の張りぼてだからできる芸当だわね。
巨体と入れ替わりに現れた人物を見て、観客席から今度は驚きのどよめきが生まれた。
それもむべなるかな。登場したのは『テイマーちゃん』そっくりな人物だったのだから。
「ボ、ボクがいる!?」
「どうだ。これで貴様と同条件だぞ」
ドラゴンのイメージを崩さないように、これまでの声に似せた低い声音で里っちゃんが言う。
そう。お分かりのことだとは思うが、ドラゴンが変化した人間の役をやっているのは里っちゃんだ。ボクの衣装は男子の学生服に少し飾りつけをしたもので、予備としてもう一着用意されていた。
それを着て髪型などを同じにしてやればあら不思議、遠目から見れば同じ人間が二人いるように見えてしまうという訳です。
これがボクと里っちゃんが考えた悪巧みだ。
一見してインパクトがあるし、人同士だから殺陣の真似事もできるという利点もあることから、突然の提案にもかかわらず受け入れてもらえたのだった。
黒子さんが持ってきてくれた得物――一メートル半ほどの長さがある木の棒――を手に向かい合う。
ただし、その構えは大きく異なっていた。『テイマーちゃん』は短槍のようにいつでも突き出せる形で右脇に持ち、対して変化したドラゴンは剣か刀のように両手で片方の端を持って切っ先を床すれすれに向ける、いわゆる下段の構えのような格好だ。
お互いに得意とする武器が異なっているから仕方のないことではあるのだけれど、彼女が『テイマーちゃん』の姿見ではなく『コアラちゃん』だとバレやしないか、少しばかり肝が冷えてしまう。
だからと言って既に賽は投げられてしまっており、なかったことにはできない。
後はこちらの意に沿うような、望む目が出てくれることを祈るしかない。
小さく頷きあうことで合図を送り、大きく一歩を踏み出して突きを放つ。
ガコン!
鈍い音が響いたと思った次の瞬間、棒が頭上へとはね上げられていた。しっかりと握っていたので飛んでいく事こそなかったが、両腕まで一緒に持ち上げられてしまい、ちょうどバンザイをするような姿勢になってしまう。
あっるえぇ!?
確か事前の打ち合わせでは、最初の一撃はお互いに避けることになっていませんでしたかねえ!?
他人を巻き込む優華のトラブルブースターな本領発揮です(笑)




