469 隠されているからこそ
罠だらけだった非常用通路の終着点は行き止まりだった。
「まさか、ここでお終いということはありませんわよね?」
ミルファの言葉に不安の色が混じっている。下手をすれば閉じ込められてしまったかもしれないのだから無理もないね。
落下時の衝撃の大きさから、それほどの高低差はなかっただろうと予測していたとはいえ、謎の暗黒空間によって視界が遮られてしまっている。
そのため上にある出口がどうなっているのか全く分からないという状況だった。
十中八九は魔法によるものだろうと考えられるね。明かりを灯す魔道具があるのだから、逆に暗闇を展開して固定させるような魔道具があってもおかしくはないと思うのですよ。
ネックとなる稼働時間の方は膨大な魔力を溜め込んでいる緋晶玉を使えば解決可能だっただろうからね。
とはいえ、大きさも形も分かっていない物をあの暗闇の中で見つけ出すのは至難の業となるはずだ。
まあ、それ以前に梯子が壊れているので、出口や暗闇発生地点まで上る方法自体が皆無となっていた訳ですが。
そんな感じで退路を断たれてしまっているボクたちなのです。
進む道すら見えなくなってしまえば不安にもなろうというものだよね。
「だいじょぶ、だいじょぶ。目の前の壁をよく見てごらんよ。ほら、どう見ても人工物でしょう。つまり隠し扉が隠されているということだよ。隠し扉だけにね!」
まだ〔鑑定〕技能を使用していないので確定ではないものの、そんな不安を少しでも払拭するためにことさらおどけた調子でそう告げる。
実際のところ、ボクが一番心配していたのは経年劣化による自然崩壊だった。そうなってしまうと隠し扉も抜け道もあったものではないからね。
何せこの通路ときたら、移動のしやすさと罠を隠す意味合いからか床と天井は石材や何やらが貼られているというのに、壁の方は落下地点のまま土がむき出しとなっていたのです。
異様にツルツルスベスベだから手を入れてはあるのだろうけれど、それでも土は土。硬い岩盤をくりぬいた場所とは頑丈さや安心感が雲泥の差だと思う。
まったく、高い再現度を持つVR技術も善し悪しだわ。「ゲームだから」で自分を言いくるめ難くて仕方がないよ。
さて、それに対して正面の壁は先ほどの言葉通り人工物らしい見た目をしていた。レンガのように既定の大きさのものを積み重ねている、ように見えるね。
「確かに、隠されていない隠し扉など隠し扉とは言えませんが……」
「そうでしょう。隠されていない隠し扉なんてただの扉でしかないもの。絶対に隠されているよ」
「な、なんだか訳が分からなくなりそうですが、先に進めるということであればそれに越したことはありませんわね……」
言葉遊びにすらならない単語の連呼にお目々をぐるぐるしながらミルファがそう口にする。
ネイトはともかくボクの方はほぼほぼ勢いだけで返事をしたからね。だけど彼女の抱えていた不安もそれに押し流されるように消えてしまったようなので、目的は達成できたと言っても過言ではないはず。
え?その代わりに混乱している?
大丈夫。そのくらいは些細な問題だから。きっと先に進むための道が見つかった頃にはちゃっかり復調しているよ。
「ではでは〔鑑定〕の先生、よろしくお願いします」
さっそく技能を用いて観察開始。するとボクの視界に映っていた壁の一部に『非常用通路への隠し扉』の文字が浮かび上がる。
「ビンゴ!やっぱり扉が隠されていたよ!」
後はこの扉を開けるだけ……。
「……これってどうやって開けるのかな?」
「は?」
「え?」
お、おおう……!
沈黙アンド気まずい空気が一気に充満してしまったよ。うちの子たちはというと、ボクたちの行き当たりばったりな様子にまだ慣れていないトレアはオロオロしてしまっている。ごめんね。
その一方で彼女の背中に乗っていたエッ君は歩いている時の振動が心地良かったのか、うつらうつらと船をこいでいる。落ちると危ないからしっかりと起きていて欲しいんですけど……。
残るリーヴはというと、少し離れた位置で背後の見張りをしていた。
一見すると真面目に役割を果たしているだけのようだけれど、実はあれ場の空気に耐え切れなくなって逃げただけなのよね。
ミルファとネイトのNPC二人だけでなく、うちの子たちも段々と図太くいい性格になっている気がするわ……。
もっとも、単にこちらの言うことに従うだけなんて好みじゃない。これくらいの個性がある方が楽しくていい感じだと思うよ。
などと考えながら、正面の壁をしらみつぶしに〔鑑定〕して回る。
「……どうやら扉を作動させるスイッチの類は巧妙に隠されているみたい」
しかしボクの技能では熟練度が足りなかったのか、そちらを発見することはできなかったのだった。
仕方がない。こうなればしらみつぶしだね。
「罠の類はなさそうだから、とにかくこの近辺を探して回ろうか。こちらの壁はそのままボクが受け持つから、ネイトは右側、ミルファは左側をお願い。あ、リーヴは一応そのまま後ろの見張りを続けておいて。ほらほらエッ君、起きて起きて。下の方の調査は任せたからね。トレアは高い位置を中心に見て回ってみて。気になる所があったら些細なことでもいいから教えてちょうだい。はい!それじゃあ全員行動開始」
「やれやれ。結局こうなりますのね」
「いいじゃないですか。誰か一人におんぶに抱っこではパーティーを組んでいる甲斐がありませんよ」
矢継ぎ早に指示を出すと、文句というよりは軽口を叩きながらミルファとネイトが左右に散る。
そんなネイトの足元にエッ君が、ミルファの背後からトレアがそれぞれの体格を活かして怪しい箇所がないかを調べて回る。
最後にこちらは任されたとばかりに手を上げるリーヴにアイテムボックスに仕舞っていたもう一本の明かりを放り投げて渡すと、ボクも正面の壁へと向き直ったのだった。
出口と銘打ってはいたが、曲がりなりにも入ることができたのだ。ここから先へもきっと進めるはず。そんな確信をもって隠し扉を開くための装置を探し始める。
「ええい、どうなっているんだ!責任者を呼べ!」
一時間後。分担してあっちこっちを探ってはみたものの、ボクたちは未だに扉を開くことができないままとなっていた。
そろそろ一旦ログアウトしなくてはいけない時間が近付いて来ております。
「そんな人がいるならとっくに話を聞いていますわよ」
うん、そうだね。
でも、ミルファさんや、愚痴まじりのボケに素で真面目な返事をされると色々と致命傷になりそうなので勘弁して。




