443 ファンキーおばあちゃん
クシア高司祭。『七神教』の総本山出身で、あちらからすれば未開の地に近いアンクゥワー大陸に進んで出向いて来た変わり者ということになる。
特定の街に留まることなく大陸中を渡り歩いては、行く先々で教鞭を取ったり弟子を育てたりしていたそうだ。
彼女の二つ名である『放浪の洗礼者』や『旅する高司祭』は、元々はそんな根無し草な様子を嘲って付けられたものだったらしい。
ところが、時が経つごとにクシア高司祭の教えを受けたという人たちが増えていき、その実績が無視できないほどのものになると手のひらを返したように賞賛と憧れをもってその名が呼ばれるようになったのだとか。
さて、そんな彼女の薫陶を受けて神官となった一人が、ネイトが生まれ育った村に赴任してきた人だったそうで、その人に変わってクシア高司祭に会うことが彼女が旅をする目的の一つだった。
「先生からは、もしもお師匠様に会うことがあれば私は元気だと伝えて欲しい、そう言付かっています」
席に着くと同時に、ネイトが口を開く。
あまり積極的に他人に聞かせる内容でもないということで、ボクたちは広場から宿泊している宿の食堂へと場所を移していた。
「あっはっは。相変わらずの律儀さだねえ。まあ、元気でやっているのなら良かったよ」
そう言って窓の外へと向けられた瞳に映っているのは、きっと今ではないいつかの景色なのだろう。思い出に浸っているクシア高司祭のお顔は、見ているこちらがほっこりするほどの柔らく温かい笑みで一杯になっていた。
「ですが、わたしが故郷を旅立ってから早数年が過ぎていますので、できることなら直接会って頂きたいと思ってしまいます」
「そうだねえ、それもいいかもしれないねえ……。ここでお前さんに会ったのも神々のお導きってやつだろう。そろそろ次の旅の目的が欲しかったところだし、突然現れては驚く弟子たちの顔を見て回るっていうのも悪くないかもしれないねえ」
悪戯を思い付いた悪ガキのような、年齢に不釣り合いな表情を浮かべるクシア高司祭。
「弟子の人たちを驚かせるために大陸中を回るつもりなの?な、なんてファンキーなおばあちゃん……」
思わず呟いてしまったボクに、ギョッと目をむく仲間たち。
「りゅ、リュカリュカ!失礼ですわよ!」
たちまち礼儀にはうるさいミルファから叱責されてしまう。クンビーラ公主一族という高位貴族出身ということで、彼女はちょっとした失言が文字通り致命傷になってしまうことを知っているからだ。
「ごめんなさい」
ボク自身やっちゃったという認識があったので、すぐさま頭を下げる。
が、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「謝る必要はないさ。実際にそう呼ばれてもおかしくはない年なんだからねえ」
聞くとことによると、御年六十を超えているという話だったからね。というか、ファンキーに関しては一切おとがめなしなの?
「それに最近はどこに行っても高司祭様としか呼ばれなかったからねえ。なかなかに新鮮で楽しい心地だよ」
あ、やっぱりこの人ファンキーだわ。
「それなら人目がないところでは「おばあちゃん」って呼ぶね」
「リュカリュカ!?」
即座に答えたボクに、仲間たちが再び驚きの声を上げる。
対してクシア高司祭改めおばあちゃんはというと、我が意を得たりと言外に告げるようにニッコリと人好きのする笑みを浮かべたのだった。
「二人も同じように呼んでくれて構わないよ。特にネイト、お前さんは私の孫弟子になるんだからねえ」
おばあちゃんの提案に恐れ多いとばかりにぶんぶんと首を横に振るネイトとミルファ。
「ま、孫弟子に当たるからこそ、無礼な態度に出てはいけないと思うのですが……」
「堅いねえ。あの子も私の弟子たちの中ではとりわけ生真面目な部類だったけれど、お前さんはそれ以上かもしれないよ。まあ、だからこそわざわざ私に会いに来るように仕向けたのかもしれないけれどねえ」
「……え?」
想像もしていなかった台詞に硬直してしまうネイト。
「魔法関係は不得意なセリアンスロープなのに、お前さんは愚直にも神官らしい立ち位置を目指している。素早さや気配の動きに長けたオオカミ種であれば、もっと楽に伸ばせる方面はいくらでもあっただろうにねえ」
プレイヤーのキャラクターメイキングでも、セリアンスロープは魔力の基本値が一という最低の数値になっていた。
NPCでもその点に変わりはないはずで、ネイトの魔法特化な今のスタイルを築き上げるためには、きっと並々ならぬ努力があったのだろうと思ってはいたのだけれどね。
そして、言葉そのものは厳しいものだけれど、その声音や表情からおばあちゃんがネイトを責めるつもりではないということがはっきりと見て取れたため、ボクとミルファは割って入ることなく事の成り行きを見守ることにしたのだった。
「もっとも、得意な方面を無視しているっていう点では私も人のことは言えないんだけどねえ」
そう言うとおばあちゃんは隣に立てかけてある長杖へと視線を向ける。
「私の出自は少し特殊でねえ。詳しく話すことはできないんだけど、生まれつきセリアンスロープとしては例外的に魔力の値が高かったんだよ。キツネ種には魔法に傾倒する者も多くて、「この子はきっと一族を代表する大魔法使いになるはずだ」と子どもの頃からそりゃあ周囲からは期待されていたものさ」
再び過去を映し始めた彼女の瞳には、懐かしさと一緒に少しばかりの苦さが混じっているように見えた。
「だけど……、私は体を動かすことが一等性に合っていたんだねえ。大人たちの言い分に見向きもしないで、村中を走り回ったり男連中に混ざって狩りをしたりしていたものだよ。まあ、あんまり喧しいから〔回復魔法〕と〔生活魔法〕だけは仕方なしに習得したんだけどねえ。とはいえ、それがこうやって旅をするための助けになっているんだから、世の中何が起こるか分からないものさ」
その実績から総本山に戻れば枢機卿の位にも手が届くかもしれないと噂されるほどの人が、神官になるためには必須の二種類の魔法を嫌々ながらに覚えたとは、実際にその光景を目にしていた人たちでもなければ信じられない話だろうね……。
「おっと、話が逸れてしまったねえ。とにかく、魔法の才があると言われ続けてきたのに、私はもっぱらこちらばかりを鍛えてきたんだよねえ」
おばあちゃんが愛おし気に撫でている愛用の長杖は、金属製で並の刃物では到底太刀打ちできそうにもない頑丈さを誇っていたのでした。




