440 壊滅しちゃった
単純な数の上の差だけ見ても、ボクたちドワーフの里防衛隊とケンタウロスとオーガを中心とした魔物の群れとの間には四倍近い差があった。
加えて、いくら戦力として割り振られているとはいっても、こちらの大半は本来非戦闘系であるクリエイターが中心だ。いくらレベルが高くて素の能力値が上昇していたとしても、戦闘系技能の熟練度は低く、使用できる闘技の数も多くはない。
つまり、実質的には四倍どころか倍以上、下手をすれば十倍以上の戦力差があるかもしれないのだった。
そんなある意味絶望的な戦場を前に、
「ふわっはっはっはっはーー!圧倒的ではないか我が軍はー!!」
「えーー……」
と、ボクはどこかで聞いたことのある台詞を口走り、集まっていた防衛隊の皆さんは何とも言えない情けない声を出していた。
まあ、場合によっては自分たちが命を落とすどころか、ドワーフの里自体が壊滅する大打撃を被るかもしれない状況だったからね。「死ぬことになっても一体でも多くの魔物を道連れにしてやる!」と悲壮な覚悟でもって望んでいる人も少なくはなかった。
ところがいざ蓋を開けてみれば、どこからともなく飛んできた見たこともないと思われる漆黒の体躯を持つ巨大なドラゴンによって、魔物たちが一方的に蹂躙されることになったのだから、釈然としない気持ちになっても仕方がないというものなのかもしれない。
「あはははははは!こいつは思ってもみなかった展開だねえ!」
中には大うけしている人もいたけれど、この人は例外ということで。
「えーと、リュカリュカ?」
「もしや、というかどう見てもあのお方は――」
「いやあ、ドラゴンが偶然近くを飛行していただけでもビックリなのに、たまたま目に付いた魔物の群れをやっつけてくれるだなんて、ボクたちはラッキーだね!」
仲間たちの言葉にかぶせるようにして告げて、ニッコリ笑ってパチリとウインク。リアルだとうざいアンドあざとい仕草も、超が付く美少女のリュカリュカちゃんがやれば絵になるってもんです。
もっとも、一緒に過ごしてきた時間の長い仲間たちにはほとんど通用しなくなっていたのだけれどね。
それでもボクがあくまでも偶然の出来事だと装おうとしていることを理解すると、若干呆れた様子を見せながらも二人はそれ以上の追及を止めてくれたのだった。
そうこうしている間にもドラゴンによる魔物への攻撃は続いており、結局ものの数分で魔物たちは群れを維持することができずに崩壊することになったのだった。
「多分、群れを率いていたリーダーか上位の個体が倒されたのでしょう」
統率する個体が強ければ強いほど、それがいなくなった時の落差は大きくなる。その代表例となるかのごとく、魔物たちは烏合の衆以下の存在となり果てていた。
右往左往しているくらいならまだマシな方で、酷いやつになると種族を問わず手近にいた相手に攻撃をし始める始末だ。
「うっわー……。このまま放っておいても自滅してくれそう」
「同感ですわね。……とはいえ、さすがに何もしないままというのは外聞が悪い気がしますわ」
確かにこのままだと偶然の幸運に助けられただけにしか見えないかも。
そうなると余計に甘く見られてしまうことになるかもしれないね。
「戦おうと集まってくれた人たちの気持ちの持って行き所がなくなるのも問題ですよ」
どちらかというとこちらの方の緊急性が高いような気がする。
それというのも今の防衛隊に参加してくれた人たちは、拳を上げたまま振り下ろす場所を見失いかけている状態だ。このまま終わりにしてしまうと、どこか予想もつかない場所でそれらの拳が振り下ろされてしまう可能性がある。
その先にいるのが魔物や外敵であればいいけれど、戦場という非日常の熱に浮かされたまま、守るはずだった街の建物や人々に向けられてしまわないとも限らないのだ。
「これは……これまでに溜まった諸々のストレスの発散も兼ねて、掃討戦くらいはボクたちでやっておくべきかもね」
そうなるとドラゴンさんにはお帰りになってもらった方がいいね。
小山のような巨大な体に向けて一歩進むと、大きな声で呼びかける。
「ブラックドラ……、じゃなかった。どこの誰とも知らないドラゴンさん、どうもありがとうございました!あなたが魔物どもを間引いてくれたお陰で、ボクたちも戦うことができそうです!」
「む……?リュ、ではない。どこの誰とも知らない人間よ、気にする必要はない。我はただ偶然この近くを飛んでいたら、魔物どもが群れをなしていたので目障りに思っただけだからな」
ボクとドラゴンさんのやり取りに周囲から白い目が向けられているような感じがしたけれど、きっとそれは気のせいなのです。
余談だけどドラゴンさんのあの台詞は、それらしく言い訳をしたのではなく血の気の多い若いドラゴンには割とありがちなことなのだとか。
目障りに思われた程度でプチっとされてしまう魔物たちがちょっぴりに哀れに思えてしまうお話でした……。
「あ、ドラゴンさんドラゴンさん。もしよければ景気づけに一発がおーって吼えてもらえませんか?できればあっちの方角に向けて」
と、西へと続く街道のその先を指さす。
ボクの予想通りであれば、ドワーフの里を制圧するための一団が隠れているはずだ。
魔物の群れを追い立ててきた意趣返しという訳ではないけれど、直接対峙するより前に脅かすくらいのことはしておきたい。
仮にもしも予想が外れていたとしても、景気づけにするという目的は果たすことができるから問題なしです。
「ぬ?ふむ、構わんぞ。少々暴れ足りなく感じていたからちょうどいい」
あれだけ派手に魔物たちを蹂躙しておいてまだ暴れ足りなかったんですかい……。
まあ、嫌だと思われていないのであれば、こちらとしてもありがたいってちょっと待って!まだボクたちの準備ができてないよ!?
「皆!急いで耳を塞いで」
「ぐぅるるるるるおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
ボクが言い終えるかどうかというタイミングで、ドラゴンさんの口から大音量の咆哮が解き放たれた。
この音は遥か西のサスの街にまで届き、先日の魔物の群れの通過と合わせて人々に大きな不安と恐怖を植え付けることになったのだとか。
後の世で、『山脈の音津波』と呼ばれるようになる謎の事件は、実はこうした事情で発生していたのでした。
……ボク悪くないもん!




