438 あちらの一手
先の中央からの要望は、ドワーフの里を攻めるための口実作りではなかったのか?という疑惑は長老さんによってすぐに否定さた。
が、それだけではボクの心配を解消するには至っていなかった。
「武力で制圧すると言っても、自分たちが直接手を下さなくちゃいけないと決まっている訳でもないしね」
依頼完了の手続きをするために冒険者協会へと戻りながら、考えをまとめるために口に出してみる。
思い出されるのは行商人トリオを助けたダークゴブリンの集団との戦いだ。
あくまでもボクの予想でしかないのだけれど、あれはジオグランド中央の命で集められた冒険者たちによってジオグランド側から追い立てられた結果、国境を越えて『風卿エリア』側へと侵入してきた魔物たちの一部だと考えられる。
以前にも予想した通り、シャンディラに損害を与える等々その理由は様々だったのだろう。
だから、その一つに「本番前の実戦形式の訓練」というものが含まれていたとしてもおかしくはないと思うのだ。
さて、では肝心の本番の場所はどこになるのか。これもおおよその当たりは付いている。ヒントはジオグランド側の国境の町で交わしたおじいちゃんとの会話の中にあった。
国内の南西に広がるという荒野地帯、そこを根城にしているケンタウロスたちこそがその目標だと予想されます。
さらにそのケンタウロスたちを追い立てることで、魔物の生息圏に影響を与えて、最終的にはドワーフの里へと魔物を進攻させて痛手を与える計画なのではないのかな。
まあ、正直に言って風が吹けば桶屋が儲かる的な迂遠な作戦だとは思う。それでも多くの冒険者たちを投入すれば決して不可能ではない。
後は……、あまり大きな声では言えないけれど、冒険者の中には素行やお頭の出来がよろしくない連中もいる。
そういうやつらに、例えば「ドワーフの里に攻め入れば貴重な武器や防具を奪い放題だぜ」などと口八丁で唆して攻めさせる、という非道な作戦も考えられなくはないかもね。
いずれにしてもそうしてドワーフの里へと打撃を与えておいて、その後に救助や援助の名の下に堂々と介入して主導権を奪うというやり方だってあるのだ。
「ドワーフの里から見て西にある南部の主要都市への往来も制限されているのは、そういう情報が流れていかないようにするっていう意味合いもあったのかもしれないね」
ただ、ねえ……。
そこまで無理をしてまでドワーフの里を征服したいものなのだろうか?
ドワーフの里という場所は、住民であり職人であるドワーフたちがいてこそ真価を発揮する。土地さえあれば、街さえあれば良いというものではないのだ。
その事を理解していたからこそ、空を征く船に代表される大陸統一国家時代の高度な技術に対する思想の違いはあったとしても、土卿王国とドワーフの里はこれまで長い期間持ちつ持たれつのほど良い関係を築いてきたのだと思う。
加えて、こうして長時間触れ合ってみて分かったことだけど、ドワーフという種族は関心ごとには職人気質な頑固な一面を持つけれど、それ以外のことは些事――ここにカテゴライズされてはいけないようなものまで含まれることがあるのが問題です――だと気にも留めないという大らか過ぎる面も持っている。
つまり少しばかり悪知恵が働く人であれば、誘導するくらいのことはできてしまいそうなのだ。
わざわざ反感を買ってしまう危険のある目に見える形での支配にこだわらなくても、搦手的に裏から操ってやれば、実効支配するのに等しい成果を得られるはずなのだ。
「なにかボクたちが知らない裏の事情でもあるのかな?」
そうだとすれば、ミルファやネイトと話し合うだけでは気付くことができないかな?
一度おじいちゃんやデュランさんに連絡を取って、お互いの情報を共有しておくべき頃合いかもしれないね。
場合によってはドワーフの里で防衛戦をすることになる可能性もあるから、応援に来ることができる人員がいるかどうかも確かめておく必要がありそうだ。
まずは冒険者協会に戻って依頼の完了を報告して、それからドワーフの里が登場する昔話でも漁ってみますかね。
ところが、そんな気楽な調子で冒険者協会へと戻ったボクを待っていたのは、差し迫りつつある危機的な状況だった。
建物内は両手の指で足りるだけの人数しかいなかったここ数日とは異なり、人いきれで温度が上昇している風だった。
「リュカリュカ!」
そんな様子に首を傾げていると、奥の方から名前を呼ばれる。
視線を巡らせてみると、よく見知った女の子が二人と最近は見慣れた強面の男性が並んで立っているのが見えた。
「お疲れ様。二人の方が先に終わっていたんだね」
女の子二人は言わずと知れたボクの旅の仲間であるミルファとネイトだった。
「それで、これは一体何の騒ぎなのかな?」
依頼を終わらせたことを互いに軽く労い合ってから、本題へと進む。
「それは俺から説明するぜ」
そう言ったのは強面の男性こと、ドワーフの里の冒険者協会支部長のベルドグさんだった。強面な上に立派な髭まで備えているため、一見するとドワーフそっくりなのだけど、種族はヒューマンだったりする。
しかし、里のドワーフたちからも「ドワーフよりドワーフ顔!」と言われるほどで、人呼んで『高身長ドワーフ』とは彼のことです。
「言っておくが、今でもしつこく嫌がらせのようにそう呼んでくるのは、『泣く鬼も張り倒す』の二人くらいなものだからな」
ベルドグさん、微妙に遠い目になっちゃってます。あの二人から容赦なく揶揄われてきたというから、さもありなん。
そんな気の置けない関係からも分かる通り、現役時代からあの二人とは知り合いで、なんとあのオーガの軍勢討伐の時にも一緒に戦っていたのだとか。
「昔語りはまた今度だ。……いや、ある意味あの時と似通った状況なのか」
あー、その一言で何となく何が起きているのか想像できてしまったかも。
「少し前に西に採掘に行っていた者たちの多くが慌てて戻ってきたのだが、どうやら多数のオーガとケンタウロスを目撃したらしい。やつらは小競り合いを繰り返しながら、このドワーフの里に向かっているそうだ」
やれやれ。当たって欲しくない予想ほど、ぴたりと的中してしまうものみたいだ。




