39 訓練とお昼ご飯
新章スタート。
今章はのんびり&ゲームの説明となる予定です。
ゲーム内での翌日――三回目のログインとも言う――はそれまで二日間とは打って変わって平和に過ぎていった。
まあ、朝ご飯を食べて冒険者協会の訓練場で、槍の基本的な扱い方を習っただけだから、血沸き肉躍るような冒険になるはずがないんだけどね。
「チェンジで!」
「おい、リュカリュカ!?」
「アホですか!?十等級の超初心者講習に一等級冒険者が出張ってくるとかあり得ないでしょう!?」
「いや、しかしだな」
「おじいちゃんはボクをこの街の冒険者たちから孤立させたいんですか。そうですか分かりました。そういうつもりならすぐにでも辞め――」
「分かった俺が悪かったから、冒険者登録をなかったことにするのは勘弁してくれ!」
というやり取りがあったかもしれないけれど、平和だったはずだよ。
「ぐはっ!?ば、馬鹿な!?俺は格闘術でならこの街最強といわれる男だぞ!?それがこんな卵の怪しい蹴脚術なんぞに負けるはずが――ぐわっはあ!?」
「おおー!卵とはいえさすがドラゴン。五等級の『剛腕』をあっさり撃退したぞ。というか格闘ではこの街最強とか、あいつ調子に乗ってるな」
「ただの蹴り技じゃなくて尻尾を上手く使っているからな。普通の脚技中心の格闘術だと思っていると痛い目に合うって訳だ。そうだな、後でちょっと絞めておくか」
「ドラゴンと組み手ができる機会なんて二度とないかもしれない!次は俺と戦ってくれ!」
なんて会話が聞こえてきたかもしれないけれど、それはきっと気のせいだろう。
訓練が終わった後にエッ君のステータスを確認したら、〔竜帝尾脚術〕の熟練度が十にまで上がっていたようだけどきっと気のせいなのだ!
え?ボクの〔槍技〕の熟練度?三ですがそれがどうかしましたか?
そしてさらにリアルでは翌日。あ、ゲーム内では三日目のまま、つまり訓練したすぐ後の話です。
「少し様子を見たが、リュカリュカは柄を短くして、取り回しを良くした短槍の方が良いかもしれないな」
「あー、それ、教官からも言われました」
ボクとエッ君、そしてなぜかおじいちゃんは同じテーブルで一緒にお昼ご飯を食べていた。
ちなみにおじいちゃんは午前中、パーティーでの戦闘の指導などを行っていた。最後のフルメンバーの六人パーティー五つ――総勢三十人――との模擬戦は目を疑ったけどね。
まさかおじいちゃんが無傷で勝つとは予想もしていなかったよ。
ボクの教官を務めてくれたサイティーさん――犬耳が可愛いセリアンスロープで、二十七歳独身。彼氏募集中らしい――が疲れた声で「ディラン様の戦いは面白いけど参考にはならないわね……」と言っていたのが印象的でした。
「だけど一昨日、じゃなかった昨日、初心者用の槍を買ったばかりなんですよね……」
正確にはチケットと交換だけど。現在アイテムボックスの中に放り込んである槍は、柄の長さが二メートル五十センチ、刃の部分である穂が四十センチほどある。
初心者用武器のためか、必要な〈筋力〉は足りていたので装備こそ問題なくできたのだけれど、使いこなすどころか振り回すのですら精一杯という感じだった。
その時のことを思い出しながら、一口大に切ったソーセージをぱくりと口にする。冒険者協会のホールの奥にある扉を抜けると、そこは食事もできる酒場となっていた。
酒場がメインということで、お昼の時間なのにお客さんが少ないようだ。ボクたちの他には数人の職員さんたちのグループが二つほどいるだけだった。
「ほら、エッ君。ドレッシングをかけてあげるから、ちゃんと野菜も食べなさい」
こっそりと野菜を残そうとしていたエッ君が「ガーン!」とショックを受けていた。
ダメです。お残しは許しません。
「野菜を食うドラゴンなんて始めて見たぜ……」
「おじいちゃん、ドラゴンの食事風景を見たことがあるの?」
「……そういえば、ないな。まあ、食事にされかけたことはあるがな」
何やってるのよ……。まあ、悪いドラゴン退治の依頼を受けたとかそういうことなんだろうけど。
「話を戻すけど、昨日買ったばかりなのに、新しい槍を買うのは正直遠慮したいんですけど」
例の三十万デナーはあるけど、まともに稼いだお金とは言い難いものがある――と個人的には思ってます――から、あまり使いたくはないのだ。
「柄を短くするくらいなら、無料でやってくれるはずだぞ。その逆は無理だから慎重に扱いやすい長さを計っていく必要があるな」
それはそうだろう。いくら魔法がある世界とはいえ、なくなったものを簡単に元に戻すような事はできないはずだ。
後、武器を買い替える際の買い取り金額が安くなってしまうのは諦める他ないとのこと。こちらも元はタダでもらえた初心者用アイテムなのだから、高く売ろうとすることが間違いだと思う。
「どこの武器屋で買ったんだ?」
「グラッツさんに紹介してもらった『石の金床』っていうところ。だけど今から思えば、武器屋っていうより鍛冶工房っていう雰囲気だったような気もします」
「店主は?」
「ドワーフさんでした」
ちなみに、髭もじゃなマッチョさんでした。身長はボクよりも少し低いくらいだったけど。
普段は騎士団の武具のメンテナンスを中心に行っているそうだ。そのせいか冒険者のお客さんは少ないのだと言っていた。
「ふうん……。まあ、デュランのやつにでも聞けば評判は分かるか」
なんと言っても冒険者協会の支部長さんだし、そういう情報も集まってきているだろう。
どちらにしてもすぐに使用するつもりはないから問題ない。明日から数日間は、お使い系の依頼をこなすついでに街中を探検して回るつもりだからね。
せっかくの異国情緒あふれる街並みなのだから、満喫しない手はないというものですよ。この辺は時間を自由に使える一人用ゲームの良いところだよね。
ふう、食べた食べた。これだけお腹一杯になって一食当たり五十デナーはお得だと思う。
味付けがなんというか、良く言えば豪快なのでその点で女性は敬遠しちゃうかもしれない。実際、女性職員さんたちは皆、外のお店に食べに行っているようだし。
それでもこのお値段と量は魅力的だと思うんだけどね。
「さてと、それじゃあ、お昼からも頑張りますかね!」
次は待ちに待った魔法の訓練だ。リアルでは存在すらしていなかった――はず――魔法が使えるようになるのだから、楽しみに思わないはずはない。
ボクは意気揚々と訓練場へと向かったのだった。
「チェンジで!」
「ちょっ!?リュカリュカ君!?」
「アホですか!どこの世界に十等級で超初心者の訓練に出張ってくる支部長がいますか!いいから戻って仕事しなさい!」
まさか午前中と同じようなことを叫ぶことになるとは思ってもみなかったけど。