36 二日目の終わり
一時はどうなることかと思ったけれど、ゲームを続けることができるようで何よりだ。
それに補填用に貸し出されたアイテムもかなりのレア物のようだし、はっきり言ってホクホクです。
余談だけど、もしもこのまま死んでしまったとしても、リアルでのボクには何ら影響はないそうだ。あくまでもリュカリュカというキャラクターの死亡、ということであるらしい。
始めて二日というまだ短い期間だけど愛着が出てきているし、やり直した場合にはまず間違いなくエッ君とは出会えなくなるだろうから、死んでみるつもりはないけど。
「さすがにNPCたちから見えなくするような事はできませんので、服で隠しておくなどの自衛をお願いします」
アウラロウラさんからの助言に従い、装備したばかりの『帰還の首飾り』を服の下へと滑り込ませたのだった。
「それでは元居た場所へとお戻しします。この度はご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。アウラロウラさんが悪い訳じゃないですから。……また会えますか?」
「私が出張るということは何かシステム関連でエラーなどが発生したということですので、あまりそういう機会がない方が良いのですが……。まあ、ご縁があればまた、ということにしておきましょうか」
にゃんこさんの曖昧な回答を最後に、ボクはその殺風景な部屋から退去させられることになったのだった。
「お、おい、どうした!?リュカリュカ!?リュカリュカ!」
気が付けば、青い顔をしたおじいちゃんがボクの顔を覗き込んでいた。
「うわあ!?」
「どわあ!?」
いや、いくらゲームだといっても目の前数センチの距離に男の人の顔があれば驚くっていうもんだよ。ちなみにもう一つの叫び声は、ボクの悲鳴に驚いたおじいちゃんが発したものとなります。
「び、びっくりしたー……」
心臓がバクバク鳴っているよ。これ、リアルの体はビクンビクンと痙攣していたんじゃないだろうか?
……想像するとちょっと怖いので止めておこう。
あ、エッ君はこちらに戻ってきたことで時間停止が解除されたのか、ボクの腕の中で生きのいい魚のようにビチビチしてます。
「お、驚いたのはこっちの方だぞ……。いきなり呆けるから、体調が悪くなったのかと焦ってしまった」
「ああ、ごめんなさい。ええと……、ブラックドラゴンとのことを思い出してしまってですね!改めて考えると無茶をしたんだなって思って。その、よく生きていられたものだなと」
「そう言うことか。……まあ、運も実力の内とはよく言うが、その運に頼り切っていちゃあ、いつ命を落としても不思議じゃない。これからは無茶を控えることだな」
偉大な先達の言葉に素直に応じる。しばらくは実力に沿った薬草採取や弱よわな魔物の討伐などの依頼を受けながら、訓練なんかで地道に鍛えることにしよう
「あ、そうだ!騎士さんからここの地下に訓練場があるって聞いたんですけど、武器の扱い方や魔法の使い方を教えてもらうことってできるんですか?」
「はい。冒険者の方であればあらかじめ予約をしていただければ可能です。それと自主的に訓練するだけなら、訓練場が解放されている朝八時から夕方六時までの間であれば、いつでも使用することができるようになっています」
戦闘とかのチュートリアルがなかったからもしやと思ったけど、やっぱり冒険者協会で基礎が学べるようになっていたんだね。
「それなら明日の午前中に〔槍技〕の訓練を、午後からは魔法の訓練の予約をお願いします」
「分かりました。予約を入れておきます。……教官の希望はありますか?」
「どちらも初心者なので、できれば優しく教えてくれる人がいいです」
「……善処するように伝えておきます」
それって「一応言ってはみるけど、期待しないでね」ってこと!?
「それでは明日の午前九時までに訓練場へと来てくださいね。費用はおよそ三時間で五十デナーなので、両方合わせて百デナーを準備しておいてください」
「了解です。それじゃあ、また明日よろしくお願いしますね」
「はい。本日は冒険者への登録、誠にありがとうございました」
応対してくれたお姉さんに礼を言ってから部屋を出ると、ホールは閑散としていた。
さすがにいつまでも野次馬をしているような冒険者たちはいないようだ。クンビーラの冒険者たちのモラル面での意識が高いのか、それとも長時間他人を気にかけるほどの余裕がないのか。
できることなら前者であって欲しいものだけど。
「これでリュカリュカも晴れて冒険者だな。ま、何かあったらよろしく頼む」
「一等級のおじいちゃんと十等級のボクが一緒にやる仕事があるとは思えないけどね」
考えられるとすれば、力量関係なく数を揃えたい時くらいだろうか?……その時点で確実にろくでもない事態になっていること間違いなしだよ。
「はっはっは。そうだな、俺もそう思うわ。……で、これからどうするんだ?」
「騎士さんが戻ってきたら、武器屋に行って初心者用の槍とチケットを交換してもらうのと、後は防具の下見くらいですかね。あ、いけない。商業組合の方でも登録しておかないと!」
「商業組合で?何かを売りに出すつもりなのか?」
「売れるような物ができるかはまだ分かりませんけどね。〔調薬〕の技能を持っているので、いずれ自分たちで使う分くらいの回復薬は作れるようになりたいかな」
「そうか。まあ、何であれ目標があるのは悪い事じゃないからな。頑張ることだ」
おじいちゃんはしばらくクンビーラの街に滞在するらしく、「困ったことがあれば相談しに来い」と言い残して、冒険者協会の建物から出ていったのだった。
さて、騎士さんがやって来るまでボクはどうしようかな?
何気なしに案内板を見てみると、三階は資料庫になっているようだ。暇つぶし場所決定。近くにいた職員のお姉さんに行き先を告げて、ボクは資料庫へと足を進めたのでした。
結果的にこの選択は大正解だった。資料室には魔物や野草類といった依頼に関わる情報から、魔法や技能などの関することまで様々なものが置かれていたのだ。
当面はここで知識を蓄えることができると、ひそかにほくそ笑むボクなのでした。
その後、三十分ほどでグラッツさんに合流できたボクは、武器屋と商業組合を回って当初の予定を終わらせていった。
そして平穏無事に『猟犬のあくび亭』へと戻り、二日目の冒険?を終えたのだった。