353 情報収集は分散して臨め
本日一話目。
行く先の順番を考えるために三国それぞれに対するボクの懸念を伝えてみたところ、ミルファもネイトもすっかりと考え込んでしまった。
「距離だけを考えますとアキューエリオス一択ですけれど、各国の思惑や動きを含めて鑑みると、なかなかどこも一筋縄ではいきそうもありませんわ……」
真面目な顔をして語るミルファだったが、その胸に抱かれているエッ君の足や尻尾がぴょこぴょこと動き回っているお陰で、和む光景にしか見えないね。
ネイトもまた同じ感想を持っていたのか小さく苦笑している。
「できるだけ早くに動き始める方がいいんだろうけれど、ここはしっかりと情報と集めておくべきだとも思うんだよね」
「そうですね。クンビーラの中ですし危険なことはないでしょう。ここは効率を優先して別れて行動するべきだと思います」
ネイトの提案に思わず顔を見合わせてしまうボクとミルファ。
その安全なはずの街中で襲われるという、ある意味超貴重な経験を持っていたからだ。
「いつまでもあの時のことを引きずっていても仕方ありませんわね。ネイトの提案に乗りますわ」
「まあ、ミルファが平気だというならボクも問題ないよ。それで、二人はどこで情報を集めるつもりなのかな?」
「わたくしは……、やはりお父様たちから話を聞くべきですわね」
「確かにそれはミルファが適任ですね。それでは私は冒険者協会と、後は『七神教』の神殿でも訪ねてみることにしましょうか」
ネイトはボクたちの中では一番冒険者としての経歴が長く、加えて故郷の村に派遣されていた神官に様々な教えを乞うていたという経歴もある。こちらも適任だと言えそうだ。
「そうなるとボクは……、『商業組合』でネタを漁ってみようか」
ちょっと遠出をしようと思っていて、おもしろい噂話とか気を付けた方がいいこと等を聞いて回ってみているのだ、と言えば怪しまれることもないだろうと思う。
後もう一カ所、少々反則気味ではあるがどうせ別件でも行かなくてはいけないのだから、そこでも色々と聞き込みを行うべきだろう。
「よし。それじゃあ、この後は各自で動くということで問題ないね。明日の朝、朝食の時にでもそれぞれが集めた情報を持ち寄るということで、お願いね」
「分かりましたわ」
「了解です」
ブラックドラゴンにあらためて感謝を述べた後、ボクたちはそれぞれにクンビーラの街中で各国の情報を集めることになったのだった。
「あ、ミルファ。そろそろエッ君を返して」
「あら、抱き心地が良かったのですっかりそのままになってしまっておりましたわね」
「ふふふふふ」
などという一幕を経て、各自の目的地へと向かったのだった。
という訳で、これからはお一人様の時間です。ああ、もちろんエッ君とリーヴは一緒ですよ。
まずは『石の金床』に行って、ゴードンさんたちが作ってくれているハルバードの試作品を受け取らないといけない。
というか、いくらゲーム内とはいえ一日で作ってしまえるものなのかな?
そこはかとなく不安を感じながら歩きだしたところで、視界に『注意』の文字が踊り始めた。
いけない。そういえばリアルの方ではお昼ご飯を食べていなかった!
慌ててログアウトして、リアルのあれこれを済ませる羽目になったのだった。
クンビーラよ、ボクは帰ってきた!
はい。ちょっと遅くなったが昼食等々を無事に終わらせてきたリュカリュカです。まあ、ゲーム内ではほんの一瞬の出来事なので、周りにいたNPCの人たちが違和感を覚えることはなかっただろうけれどね。
てこてこと歩くことしばし、特に問題が起きることもなく無事に武器屋兼鍛冶工房の『石の金床』に到着した。
が、その後が無事ではなかった。もっとも、大変なことになっていたのはボクではなくゴードンさんをはじめとするドワーフの職人さんたちだったのだけどね。
「よう、リュカリュカ。できてるぜ……!」
そう言ってニカッと笑ったゴードンさんの目の下にはくっきりと色合いのクマができていて、顔色の方も少し悪くなっているように見受けられたのだった。
しかしその一方で、やけにテンションは高く感じる。
この症状ってもしかして……?
「まさか!徹夜したんですか!?」
どこか馴染みのありそうな様子だと思っていたら、修学旅行だとか合宿だとかお泊り会だとかの翌日の雰囲気そのものだったよ!
「やっぱり分かっちまうか!ガハハハハハ!!」
肯定の言葉と一緒に大笑いを始めたゴードンさんに引きずられるように、他の職人さんたちも大爆笑し始める。
にゅおお……。
異常なハイテンションでの馬鹿笑いの大合唱は音響兵器の類ですよ……。
アドレナリン大放出状態で手加減も何もあったものじゃないから、音量規模は増大の一途となってしまっていた。
こ、このままでは色々なものが破壊されてしまうのではないでせうか?
主にボクの耳とか鼓膜とかがピンチでやばいです!?
「やっかましいわよ!この鍛冶狂いのスットコドッコイども!!」
奥から出てくるなり豪快な一喝でもって大音量破壊兵器を停止させてくれたのは、お店の看板マダムでもあるゴードンさんの奥様だった。
「ごめんなさいね、リュカリュカちゃん。久方ぶりに全力以上の力で取り組んだとかで、気分が高揚しちまってたみたいでね」
「ああ、いえ。ボクはこの通り無事なんですが……。ゴードンさんたちは大丈夫なんですか?」
彼女の言葉にそう問い返したボクの視線は、その片手に握られていた厚手のフライパン――多分そのはず……。鈍器の類ではないはず……――に固定されてしまっていた。
実はですね、奥様が登場して一喝するや否や、片っ端からそのフライパンでガンガンとゴードンさんたちの頭を殴って回っていたのだ。
その甲斐あってと言いますか、そのせいでと言いますか、職人さんたちは一人残らず沈黙せざるを得なくなってしまったのだった。
……生きてるよね?
「大丈夫、大丈夫。ドワーフの男どもと言ったら頑丈なことだけが取り柄みたいなもんだからね。どうせしばらくしたらけろりとした顔で起き上がってくるわよ」
いやいや、いくら何でもけろりとした顔でというのは無理があるような……。
そこまでいってしまうと、痛みを感じずに復活してくるアンデッド系の魔物状態ですよ。
そんなボクの思いが通じたのか、ゴードンさんたちは「あ痛たたた……」と頭を押さえてたしかめっ面で起き上がってきたのだった。
まあ、それでも復活までのスピードが速すぎるのだけどさ……。
次話は18:00投稿予定です。




