35 『帰還の首飾り』
あるべきはずの加護がない、なくてはいけないはずの保護がないと知らされ呆然としていると、ふいに周囲の景色が切り替わった。
無機質。一言で表すならば、そうなるだろうか。
コンクリートのような質感の壁に囲まれた、何も置かれていない六畳間ほどの空間は寒々しささえ感じられる。
「あれ?ここは?……え?エッ君!?」
しかし、それよりもボクを狼狽させたのは、抱いていたエッ君が冷たく固まってしまっていたことだった。
「大丈夫ですよ、リュカリュカさん。その子が本来いるべき場所ではないので時間が停止しているだけです」
そう言ってどこからともなく現れたのは、人の体に猫の頭というリアルではあり得ない姿の女性だった。
「お久しぶり、というには少々短いですね。かといって昨日ぶりというのも語呂が悪いですし……。まあ、ともかく!お元気そうで何より……。おっと、ここに来た時点で元気というのもおかしな話でした」
グダグダ過ぎて挨拶にすらなっていなかったのだけど、それでも彼女を見て少しだけ安心することができた。キャラクター作りの時にお世話になったことが、自分でも思っていた以上に彼女を信頼することに繋がっていたようだ。
「アウラロウラさん!?ここは……?」
「緊急隔離場所、いわゆるシェルターのようなものだと思ってください。まあ、突貫で作ったので殺風景な場所になってしまいましたが」
緊急隔離?シェルター?
「順を追って説明していきます。リュカリュカさんの精神状態が急激に悪化したため、ゲームを一時中断してこちらへと転移させてもらった次第です。そうそう、ゲーム内の世界の方も一時停止状態となっているので心配ご無用です」
「!!そうだ!プレイヤーにあるはずの加護がないって言われて!……って、そんなことよりエッ君はどうして止まっているんですか!?あ、でも加護がないのもやっぱり気になる!?」
半分以上パニックに陥っていたボクは彼女に詰め寄るも、やんわりと制止させられてしまった。
「落ち着いて、というのは難しいでしょうから、ともかく一度大きく深呼吸をしてください」
有無を言わさぬ雰囲気に、大きく息を吸って、吐く。
それを二度三度と繰り返すうちに、焚き付けるような焦燥感が少しだけ薄れていた。
「はい。それでは状況をお話しします。まず、リュカリュカさんの加護についてですが、既に調査を行っていますので、もうすぐ詳細が判明するものと思われます。そしてその子、エッ君の時間を停止させているのは、プレイヤーであるリュカリュカさんとは異なり、あちらの世界だけの存在だからです」
ここは『OAW』の中でもシステム側の領域であるため、ストーリー側の住人であるエッ君は立ち入ってはいけない場所になるのだそうだ。
「今回の場合はリュカリュカさんにしっかりと抱きかかえられてしまっており、分離させることが困難であったことや、合流した際にズレが生じてしまう可能性があったことなどから、特別に時間停止状態で同行させるということになったのです」
つまりはボクのせいでした。まあ、重大なエラーが発生したのはあちらの責任だから、その点からすると運営のせいだとも言えるのかもしれない。
「それにしても、どうしてこんなことになったんですか?」
「まだ調査が完了していませんので確定ではありませんが……、恐らくはその子をテイムしたことが原因だと思われます」
アウラロウラさんが指したのはボク、ではなく、抱かれたまま身動き一つしないエッ君だった。
「これはどうか他言無用ということでお願いしたいのですが、あのランダムイベントの『竜の卵』には続きがあるのです。竜の卵を無傷でブラックドラゴンに返すことができていた場合、成長したその子がNPCとして登場する予定なのです」
しかもとっても強くて、その後に発生するイベントバトルをクリアするにはその子の助力が絶対に必要だというくらいなのだとか。
ちなみに、味方として参戦してくれるのはその一戦のみ、ということらしい。
「つまり、このままいけば遠からずリュカリュカさんはその強大な戦力を手にすることになってしまいます。そうなってしまえばゲームバランスが崩壊してしまう。その事を危惧したストーリー管理システムが独断で行動したものと考えられます」
将来の強力な戦力を現在の死に戻り不可で釣り合わせようとしたらしい。
ただし、ゲームオーバーになってメリットを手にすることができずに終わらせようという魂胆もあるように思われる。はっきり言って、悪意すら感じられるやり方だ。
「……ただいまリュカリュカさんのワールドを特別サーバーへと移行することが決定しました。以降、今回の原因が特定できて対策が行われるまでは、運営スタッフが常に監視することとなります」
「うえ!?それってボクのことをずっと見ているってことですか!?」
「いいえ。正確にはリュカリュカさんに対して異常な干渉がないかを監視するものとなります。プレイ中のプライバシーはきちんと保護されるようになっております」
その言葉を信用するより他に手がないのは確かだ。だけどこんなことがあった直後だから不安が残っているのも確かだ。
……ってこの状況、クンビーラの冒険者協会との関係とそっくりじゃない?
そう思うと、なんだか無性に可笑しくなってきてしまった。
冒険者協会に信頼回復の機会を与えたのだから、運営にも同じくチャンスを与えるべきなのかもね。
「分かりました。今後こんなことがないようにしっかりと調査をお願いします。それと、くれぐれも変な監視はしないようにお願いしますね」
「ご配慮並びにご協力を感謝いたします。それでなのですが、現状リュカリュカさんが死に戻りをできない状態なのは変わりがありません。よって暫定処置ではありますが、こちらのアイテムをお持ちになっていてください」
と差し出されたのがこちら、『帰還の首飾り』だった。
「これには装備者の『HPが零になるのを防ぐ効果』と、その効果が発揮された際に『最後に逗留した街や村などの安全にログアウトできる場所へと強制的に移動させる効果』の二つが付与されています」
「つまり、これさえ装備していれば死に戻りと同じ効果が得られる?」
「デスペナルティが発生しない分、こちらの方がより優秀といえますね。そしてこの事もここだけの話にしておいていただきたいのですが、このアイテムは製造することができるようになっています」
にゃんですと!?
「もちろん、今すぐにという訳ではありません。いくつもの技能の熟練度を最大にして、そこから派生する技能を習得して初めて製作することができるようになる、ということです」
つまり、生産メインのプレイヤーにとって目標の一つとなるアイテムだということのようだ。
「状況が改善しましたらリュカリュカさんに連絡の上、返却してもらうということになると思いますが、それまでは保険としてお持ちください」
保険としては十分以上な物を貰えた気がする。らっきー。
〇『帰還の首飾り』(特別品)について。
A、HPが零になるのを防ぐ効果
B、最後に逗留した街や村など安全にログアウトできる場所へと強制的に移動させる効果
C、AとBを連動させる効果
D、耐久値無限
E、譲渡不可
と、実は五つも付与がされている超レアアイテムです。
〇装備枠についての余談
最大で十個の装備品を身に着けることができる。
右手(または右腕)と左手(または左腕)……武器類及び盾や小手を装備可能
頭・上半身・下半身・脚……それぞれ対応する防具を装備可能
アクセサリー枠四つ……部分装備に該当しない物はすべてこの枠に。ネックレスやブローチを始め指輪に腕輪、足輪などもこちら。『帰還の首飾り』もアクセサリーに該当しています。