333 報酬の受け取り
「あら、『エッグヘルム』のみんなじゃない。いらっしゃい」
冒険者協会の建物に入って早々に声をかけてきてくれた受付のお姉さんにめいめい挨拶をした後、うちの子たちを含むボク以外の仲間たちは揃って依頼の張り紙がしてある掲示板へと向かう。
この辺の役割分担はいつもの事なので全員慣れたものだ。
ふと視線を感じるも、そういうこともあるかと思い直してお姉さんのいる方へと進む。
自分で言うのもなんなのだが、クンビーラでは有名人なので視線を感じる機会はそれなりに多いのですよ。
「おはようございます。依頼を達成したので完了の処理をお願いします」
宰相さんから預かった書類をそっとアイテムボックスから取り出してカウンターの上に乗せる。
「それはおめでとうございます。こちらの書類ですね。中を確認しますので少々お待ちください」
すぐにお仕事モードに切り替わったお姉さんが、書類を受け取りカウンターから離れて行った。
指名依頼の案件だと察したので他の冒険者たちに見られないように配慮してくれたのだろう。よくよく気にしてみると、依頼等の情報の取り扱いから冒険者たちへの対応まで、様々な部分で職員たちが配慮している痕跡が見受けられた。
支部長のデュランさんが行ったものなのか、初めて来訪した時よりも職員の人たちへの教育が行き届いているように感じる。
ふみゅ。改善のきっかけとなったのであれば、あの時不愉快な思いをしてまで苦言を呈した甲斐があったというものだよね。
「お待たせしました。こちらが報酬の十万デナーとなります」
無表情を装っていたお姉さんだけど、さすがに金額を口にした時には声が震えてしまっていた。しかし、それを責めるのは酷というものだろう。十万デナーと言うとリアルのお金に換算してだいたい百万円だもの。
平均すれば八等級の駆け出し冒険者パーティーへの一回分の依頼の報酬として支払われる額ではないよね……。
ええ、ええ。昨日書類を貰った時にネイトと二人で大騒ぎしましたとも!
ミルファは一人どこ吹く風といった態度だったけれど。ボクたちと一緒に行動することで随分と一般人的な金銭感覚が身についてきた彼女だけれど、まだまだ根本的にはお嬢様であるようだ。
さっきは「働かざる者食うべからず」なんて知ったかぶって言っていたけれど、「どのような内容のものでも構いませんから、冒険者としての仕事をやってみたいですの」というのが本音な部分なのではないかと思われます。
おっと、いつまでもカウンターの上にこんな大金を置いておくわけにはいかないね。
感謝の言葉を述べるとさっさとアイテムボックスへと十万デナーを仕舞い込んだのだった。
「それと、今回の依頼を無事完了させたことで、冒険者等級がリュカリュカさんは七等級に、ミルファシア様は八等級へとそれぞれ上がっています。特に期限はありませんが、できるだけ早めに冒険者カードを新しいものと交換するようにお願いします」
大金の霊圧が消えたことでどことなくホッとした表情になったお姉さんから、続けておめでたい情報がもたらされる。
しかし、すぐにネイトの名前がなかったことに気が付く。
「あの、ネイトの名前がなかったようなんですけど?」
「ネイトさんは……、後少しで昇級には届かなかったようです」
「あ、そうなんだ」
「割とよくある事なので気を落とすことはないと思いますよ。実際リュカリュカさんも七等級に上がる直前でしたし、ミルファシア様も現在は七等級までもう少しの段階まで来ていますから」
という説明の通り、何か不備があったという訳ではないらしい。
ちなみに、別のゲームなどだと、等級を上げるために特別な依頼を達成しなくてはいけないこともあるそうだが、『OAW』ではそうした篩にかけるような仕組みはないとのこと。
事実、リリース開始からわずか四カ月強の日数しか経過していないのに、プレイヤーの中では既に三等級目前という人もいるのだとか。
とはいえ、これはNPCを含めて驚異的なスピード出世なので、運営もびっくりする羽目になっているらしいです。
以前おじいちゃんが言っていた「二等級を超えると判断された者は全員一等級の括りに放り込まれる」という状況も、こういうシステムのために発生しているのかもしれないね。
その内『特級』だとか『超級』なんて枠が出てくるのかも。
「だから多分、もうあと一つか二つ簡単な依頼をこなせば、ネイトさんは六等級に、ミルファシア様は七等級へと上がることになるはずよ。そうなれば『エッグヘルム』も名実ともに七等級パーティーということになるわね」
口調を元に戻して、お姉さんが追加で解説してくれる。
お仕事モードを解除したということは、ここから先は雑談に近い内容ということになりそうかな。
「やっぱり完全な平均値としてのパーティーの等級だと侮られてしまうものなんですか?」
「そうねえ……。相手の等級だけを見て実力を見抜いたと勘違いするやからが全くいないとは言い切れないわ」
凄まじく歯切れの悪い言い方だけど、つまりはそういう人がいるってことですね。
「うわあ……」
理解した瞬間、ボクの口から呆れ成分百パーセントの声が漏れる。
例えばこれをプレイヤーに当てはめてみると、取得している技能の熟練度とそれに伴う闘技や魔法の習得状況、さらにはいわゆるプレイヤースキルなどを一切考慮せずに、レベルだけを見て相手の強さを推し量っているようなものであるからだ。
仮にもしも対戦をすることになったならば、必ずとはいかないまでも高い確率で足を掬われることになってしまうだろう。
しかも、ですよ。レベルは能力値に関わってくるけれど、等級がその冒険者の強さに直接的に影響を及ぼすことは一切ないということも付け足しておきます。
そしてそして、どんなに高レベルな戦闘強者であっても、初めて冒険者として登録した時には十等級から始まることになる。
極端なことを言うと、例えばクンビーラ騎士団の千人隊長さんが冒険者になった場合でも、他の新米冒険者たちと同じく十等級からのスタートになるのだ。
まあ、さすがにそんな人であれば歴戦の強者感が漂っているだろうから、そうそう侮るような見る目のない人はいないだろうけれどね。
「後、身内の恥になりかねないからあまり言いたくはないのだけれど、協会の職員の中にも相手の等級を見て態度を変えるような人がたまに居るのよ」
こちらはもっと簡単な話で、等級というのは要するに『冒険者協会』に対する貢献度なのだ。
よって多くの貢献をしてくれている高等級の冒険者には媚びる反面、貢献度が少ない低等級冒険者には高圧的な態度になるという寸法だった。
やれやれ。分かりやすい指標であることに異論はないけれど、それだけを絶対視するおバカちゃんが少なくないというのは問題だよね。
まさかこんな流れで『冒険者協会』が抱える、程度の低い悩みを知ることになるとは。
受付のお姉さんと顔を見合わせると、二人して思わず大きなため息を吐いてしまうのだった。




