330 満を持しての本格的デビュー(雑談回)
その日、プレイヤーたちが集う『異次元都市メイション』はかつてないほどの喧騒に包まれていた。
長らく多くのプレイヤーたちの頭を悩ませてきた難問の一つに、初期エリアからの移動不可という状況があったのだが、それを解禁させるための情報がついに公開されたからである。
鍵となるイベント、その名もキーイベントという捻りも何もないものだったが、これをクリアすることでエリア間の移動が可能になるというのだ。
しかも公開された情報はそれだけではなく、プレイヤーごとにもっとも発生させやすいキーイベントへのヒントまで教えてくれるという。
これまで停滞していた分への補填だと言わんばかりの大盤振舞っぷりである。
あまりにも親切な運営の対応に、「何か裏があるのではないか?」と疑心暗鬼に陥るプレイヤーたちが続出したとかしていないとか。
東の大通り、通称『食道楽』沿いに軒を連ねる酒場兼食堂の『休肝日』でも、新たな情報を肴に、仲間内や知人たちと酒を飲みかわすプレイヤーたちが大半を占めていたのだった。
そんな店内を給仕のフローラに扮して忙しく動き回っていた、オーナーにして『情報屋』の名前でたくさんのプレイヤーたちにその存在だけは知られているフローレンスだった。
忙しなくも的確に仕事を片付けながら、彼女の耳は追加で耳新しい情報が飛び出してこないかと、大きくそばたてられていた。
「ついに長いこと俺たちを悩ませていたエリア間移動も解禁になるのか」
「ようやく、というべきなのかしら?」
「かれこれ正式なサービス開始から丸四カ月以上経っている訳だから、そういう言い方をしてもおかしくはないんじゃないかな」
「しかも『OAW』の場合は実装だけはしてあったから。プレイヤーの初期スタート地点は自由に決められるから、情報だけは各エリアともに大量に出回っていたし」
「出し惜しみにもならないから、正直「どうして?」っていう気持ちの方が強かったわね」
「運営としてはせっかく作った世界だから、せめて最初のエリアくらいは隅から隅まで歩き回って欲しかったのかも」
「うーん……。模範解答的というか至極真っ当な意見なんだが、ここの運営がそんな殊勝な考え方をするだろうか?」
「すさまじいまでの説得力ね……。そう言われると別な理由があったとしてもおかしくはないと思えてきてしまいそうよ」
「皆の運営への信頼が嗤えるレベルな件」
「おいおい、他人事みたいに言ってるけど、お前は違うっていうのかよ?」
「もちろんボクも同じ。『OAW』の運営なんだから、真っ当な理由なんてありえない」
「いや、そこまで言い切るのもどうかと思うよ……。それよりも今の「ボク」っていう一人称は、もしかして『テイマーちゃん』リスペクト?」
「いえす。公式イベントの参加者の中では最低に近いレベルだったはずなのに、あれだけ色々と活躍していたのは素晴らしいの一言。マジ尊敬する」
「ああ、あれはなかなかに痛快だったわよね。練習の時のタイムアタックなんて、『テイマーちゃん』が考えたものだったんでしょう?」
「それを言うなら予選も本戦も、基本的には彼女が考案した作戦に則っていたらしいね」
「それでいて後ろでふんぞり返っているでもなく、前線に出向いて敵方のプレイヤーたちを翻弄していた」
「あの子の場合、単純に強いというよりは巧いという印象だったわ。足止めだとか時間稼ぎだとか、それぞれの場面ごとで適切な動きができているから低いレベルであってもチームの勝利に貢献できたんじゃないかしら」
「ボクからすれば、ハルバードなんていう武器を使用していた時点で技巧派プレイヤー」
「それはさすがに安直じゃないかな……。ところで、さっきから黙っているけど何かあった?」
「ボクっ娘もいいなあ……」
「人が真面目に話しているっていうのに、こいつは……!」
「最悪。大事にしているものを汚された気分」
「一回締めて自分の立場ってものを躾けてやった方がいいんじゃないかしら」
「それが良いかも。私らと一緒にいることが多いからなのか、こいつ最近ハーレム主とか言われて図に乗っているみたいだし」
「そうと決まれば善は急げね。フローラちゃん、ちょっと出てくるから一旦おあいそをお願い」
「はーい。あ、それほど時間が掛からないのであれば、このまま席をお取りしておきましょうか?」
「いい。『テイマーちゃん』が来ているかもしれないから、ついでにメイション内を散策してくる」
「こいつは当然リアルに送り返すから、戻ってくるとなると二人かな」
「それなら改めて席を探すべきでしょうね。ということだから席のキープはなしで」
「分かりました。お代はこちらです。……はい、確かにお預かりしました」
「ごちそうさま」
「ほら、あんたも立って!外行くよ!」
「は?え?何だ!?」
「はいはい。いいから黙ってついてきなさい。それじゃあ、御馳走様」
「ありがとうございましたー。またのお越しをー」
女性陣に連行されていく男性に心の中で一つ「ご愁傷様」と呟きながらも、表面上はいつもと変わらない笑顔で送り出すフローレンスだった。
さて、一部のテーブルでは今回の立役者であるリュカリュカなる人物について盛り上がっているようだ。
「リュカリュカねえ……。名前だけだと男なのか女なのかすら分からんな」
「外見を自由に設定できる時点で、男か女かを気にするのは意味なくないか?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。少なくとも特定のための取っ掛かりくらいにはなるから」
「……そういうもんかね。まあ、何にせよアカウントが凍結されたり削除されたりしない程度にしておけよ」
「そこまで無茶するつもりはねえよ。無名プレイヤーだったから少し気になっただけのことで、どうしてもそいつを特定したいって訳じゃないから」
「それならいいんだけどな。さすがに知り合いがいつの間にかいなくなるっていうのは、色んな意味で背筋が寒くなるから勘弁してくれよ」
「ホラーにサスペンスに、探せばいくらでもその手の話は出てきそうだわな」
「後はラノベ的な異世界転移とかもあるぜ」
「それは別に恐ろしくはないだろ」
「甘いな!最近の作品は妙にリアル思考のものも多いから、戦闘でのグロ展開とか社会の闇的な鬱展開とかも普通に描写されているのも多いのだよ」
「そういうのがなくても、俺つえー展開とか、中二病の香りが漂ってきそうな名前の連呼とかも、それなりに耐性がないときついぜ」
「だな。触発されて黒歴史が開きそうになることもあるから要注意だ……」
「そ、そうなのか。エンターテイメント作品だと思って油断していると危ないこともあるんだな……」
あっさりと話題がそれて、おかしな方向に進むことも多々あったが。




