321 最終目標の設定
ボクたち『エッグヘルム』へのミルファの同行を認めさせたところで、公主様がこの会議のまとめに入った。
「それではこれからの方針についてだ。まず最終的な目標であるが、「空飛ぶ島に巣くう死霊どもを討伐し、再び大陸を支配せんという彼奴らの妄執を晴らすこと」とする」
その宣言に揃って神妙な顔で頷くミルファを含むクンビーラ関係者。
七代前の心残りを清算するという意味で、これは避けては通れないことだろう。
しかしこの時ボクの頭には、ふと聞いておかなくてはいけないだろう懸案が浮かんできていた。
「あの、話しの腰を折って知ってごめんなさい。浮遊島そのものについてはどうしようと考えているんですか?」
すっかり後回しにしてしまっていたけれど、これってとても重要なことだよね。
遺跡内でパーティーの仲間たちと話し合ったように、武装の一切ない単なる空飛ぶ都市というだけでもとてつもない戦力となる。
主人や住人であった死霊たちを一掃することができたなら、そんな超強力な戦力が丸々手に入ってしまうかもしれないのだ。
今はまだ取らぬ狸のなんとやら状態だけど、ここいらで明確にしておかないと後で面倒なことに発展してしまいかねない。
「そのことか……。大陸統一国家の遺産であり高度な戦略的兵器として利用できることを考えれば、古の死霊どもに成り代わり新たな大陸統一国家を築くべく覇道に勤しむというのが、『風卿』の血を引く貴族としての本来のあるべき姿なのかもしれぬな」
え?何ですか、その少年漫画のラスボス的思考は……。
まさか本気でそんなことを考えてたりなんかしちゃったりはしないですよね!?
「恐れながら殿下、リュカリュカ相手に他国の要人や使節団を相手にするような物言いをするのは下策かと。加えて言えば彼女は式典の際に殿下がブラックドラゴン様に誓われた内容を知らないようですので、余計な不安を煽るだけになってしまうかと思われます」
と口を挟んできたのは、まさかまさかのロイさんでした。
ミルファとのことが取りだたされたためなのか、さっそく次期侯爵としての存在感をアピールし始めましたか!?
「おお!あの式典の際にリュカリュカはクンビーラを不在にしていたのだったか!そういえばその時の首尾について聞いてはいなかったな。どうであった?」
ちょっ!?公主様、そこに食いついてきますか!?
さっきのボクなんて目じゃないほど、話しの腰がバッキバキに折れてしまっていますよ!?
「殿下、直接関係のない話は後ほど個人的にお尋ねください」
「お、おう……。そうである……、っと、いやいやちょっと待て!そう言いながら、いざ聞こうとすると「そんな時間はない」とか言って邪魔するつもりでしょう!?」
鋭い眼光付きで宰相さんにたしなめられて頷きそうになったところで、その後に続く展開を未来視のか慌てて反論する公主様。
だけどボクとしてはそれよりも、口調が砕けて家族向けのものになりかけている方が気になるよ……。
「ちっ。年々そういったところだけは鋭くなってきおって。ヴェルは最近ますます兄上に似てきたな」
「敏腕で名高かった父上に似ていると言われるのであれば、それに勝る誉め言葉はありませんな」
そしてあっという間に叔父と甥による肩肘の張らないやり取りと化しております。
その様子に侯爵や伯爵たちだけでなく、ロイさんまでもが「またか」という半分諦め顔になっていた。
後から聞いた話だけれど、これは宰相さんが公主様の緊張を解きほぐすためにわざと仕向けたことで、上位貴族だけの集まりの際――つまり信用できる身内だけの時ということだね――には昔から度々行われていたことだったのだとか。
公主様の実績や経験が増えてからはそうそう行われる機会はなかったのだけど、ブラックドラゴンの一件以降はさすがに精神的負担が大きかったのか、またそれなりの頻度で見られるようになっていたのだという。
でもね、それってボクたち外部の人間に見せてしまって良いものじゃないと思うの。
そうミルファにこっそりと伝えてみたところ、
「リュカリュカ相手に取り繕うなど意味がないと判断したのではないかしら。それと、一緒にいるわたくしがいうのもなんですけれど、リュカリュカもネイトも既にクンビーラ上層部には身内認定されておりますわよ」
という大変反応に困るお言葉を頂くことになってしまったのでした……。
話を戻そうか。結局さっきの覇道うんぬんという話は、公主様のお茶目というか一般的な権力者であれば持つだろう考えであったらしい。
実際に七代前の公主様も自らの野心を抑えられなかった結果として、石板に刻まれた事態を引き起こしてしまった訳だしね。まあ、あの人が一般的程度だったのかと言われるとはなはだ疑問に感じてしまいそうではあるけれど。
「我らとしてもリュカリュカがやってくるより前、ブラックドラゴン殿との関係を持つ以前であれば、先祖がやり残したことだというのを理由にして、そちらの方面へと舵を切ってしまっていたかもしれぬ」
「そう言うってことは、今は違うということですか?」
ボクの問いに重々しく頷くクンビーラの貴族たち。
「うむ。ブラックドラゴン殿が正式に守護竜となってくれたことで、クンビーラはかつてないほどの防衛戦力を持つに至っているのだ」
防衛戦力?
確かに守護竜という名前からすれば守りを重視しているのは分かるけれど、別段クンビーラから離れられない訳でもなければ、攻撃を仕掛けられないというものではなかったはずだ。
……ははあ、要するにさっきの「式典の時の誓い」というのはこれに関係してくるものということだね。
「大まかな展開については予想がついたようだな。あの式典の時、我はブラックドラゴン殿にこう誓ったのだ、「クンビーラを襲う厄災に対抗する時にのみ、その力を頼ることにする」とな」
これには無秩序にその力を求めて、結果ブラックドラゴンに依存するようなことがないように戒めるという意味合いと共に、ブラックドラゴンの方が無秩序にその力を振るうのを防ぐためでもあるのだそうだ。
「近い将来クンビーラを脅かすことになりそうだ、ということだけで他国を滅ぼすことができてしまうだけの力を持つ御方であるからな……。言い方は悪いが、手綱はしっかりと握っておかねばならんのだ」
対話などで意思の疎通はできても、意のままに操れるということではないものね。
疲れた顔をしていく公主様たちには申し訳ないけれど、それだけしっかりと認識できているのであれば、お互いに良い関係のまま年月を重ねていくことができのではないかと思ってしまった。




