32 ペナルティ
「……と、ともかくだね。ああいう反応になるだろうことが目に見えていたから、あえてリュカリュカ君の細かな情報は伏せておいたんだよ。妬むくらいならまだいいけど、勝手な妄想をして喧嘩を売るような真似をされると街が消し飛びかねないからね」
リアルで例えるなら、入社予定の新卒が大口契約を取ってきたようなものかな。どんなに上から問題ないと説明があったとしても、卑怯な裏技やコネを使ったと邪推する社員がでてきてもおかしくはない、ということだろう。
かくいうボクだって社員の立場でそれを聞かされたなら、「ちょっと詳しくお話を聞かせてくれないかな(はぁと)」と本人に突撃してしまう可能性が大だ。
「実際にディランだってそうしなかったとは言い切れないだろう?」
おじいちゃんは小さく舌打ちしていたが、その行動こそがデュランさんの言葉が正しいことを証明してしまっていた。
「だが、隠していたせいで起きてしまった問題もあるぞ」
「あれは完全に想定外だった。いや、想定していなかったことが私の落ち度だな。その点は謝罪しよう。リュカリュカ君、迷惑を掛けてしまってすまなかったね」
ホールの至る所から息をのむ気配が伝わってくる。クンビーラという大きな街の支部長を任されているというだけでなく、おじいちゃんと仲がいいことから、デュランさんも冒険者として名が知れた存在なのだと思う。
そんな人が突然現れた新人に頭を下げたのだから、彼らが受けた衝撃はきっと相当大きなものだっただろうね。
「謝ってもらう必要はないですよ。おじいちゃんとも話しましたけど、あの連中の一番の狙いは騎士団の邪魔をすることだったのだと思います。だから予想できていなくても仕方のない事かと」
ただし、とボクは続ける。
「職員さんも含めて、あの場にいた人たちがおじいちゃん以外誰一人として助けに入って来なかったことは問題だと思いますけどね」
冒険者同士の諍いには不干渉という不文律でもあったのだろうけれど、そもそも彼らが絡んでいったのは騎士であるグラッツさんだ。
おじいちゃんが言ったように呆気にとられたという部分はあったとしても、見物していて良いという話にはならない。
「金貨十五枚です」
「うん?」
「冒険者協会では冒険者からお金を預かることもしているんですよね?昨日の一件でボクは褒賞として金貨三十枚を貰いました。その半分をこちらに預けるつもりだったのを取り止めます」
それでもまだ冒険者の個人的な問題だと思い込んでいたのだろう、カウンターを挟んだ向こう側にいる職員の人たちが一斉に息をのんだ。
そう、これはボクから冒険者協会に課すペナルティだ。
「つまり我々は金貨十五枚を損した、と」
「預かったお金をどう運用しているのかは知りませんけど、金庫の肥やしにしている訳ではないですよね。やりようによっては元手以上の利益を得ることができたでしょう。それに、失ったのはそれだけではないですよ」
むしろこっちの方が重大だと言わざるを得ない。
「……『信用』だな」
重々しく呟いたのは、やはりというかおじいちゃんだった。
「正解です。街の人たちからの信用に騎士団、ひいては衛兵を含む治安部隊からの信用、さらには支配者である公主様たちからの信用。あの一件で冒険者と冒険者協会はそれだけのものを失いました。まあ、この後でボクが冒険者登録をしますから、ほんのちょっとくらいは回復するかもしれませんけどね」
百のマイナスに対して、一のプラスくらいにしかならないとは思うけど。それでもないよりはマシだと思う。
「耳に痛い話だ。だが、これくらいのペナルティで矛を収めてくれたことを感謝するべきなのだろうね」
「おじいちゃんのように信頼できる人もいるんだと分かりましたから」
「ディランにも感謝しなくてはいけないね。高い金を支払ってでも来てもらった甲斐があったというものだ。もっとも、もしもブラックドラゴンが暴走した際の対抗戦力の一人という本来の役目とは違ってしまったがね」
ふおお!おじいちゃん、やっぱりすごい人じゃないですか!
「あれ?ということはおじいちゃんがやって来たのは、昨日の夜以降ってこと?」
「ん?ああ。別の街にいたんだが、昨日の晩いきなりデュランから「移動に掛かる費用は全額持つからすぐにクンビーラに来てくれ」と連絡があってな。こいつの焦る顔なんて滅多に見られないから、冷やかし半分でやって来たという訳だ」
「そのお陰で助かったから、今の言葉は不問にするよ。……ああ、そうだ!助かったといえば、リュカリュカ君もテイムモンスターのエッ君、だったかな?止めてくれてありがとう。この建物が崩壊せずにすんだよ」
後半、ボクに向き直ったデュランさんは悪戯を仕掛ける悪ガキのような顔になっていた。
「ちょっと待て!どういうことだそれは!?」
「いや何、騎士団からの話によると、エッ君がブラックドラゴンをぶっ飛ばしたそうだからね。怒りに任せて戦闘を行われていたら、大変なことになっていただろうね」
「ちょっ、おまっ!?だからそういう重要なことはちゃんと話しておけと!」
「だから、それを話したら興味本位で手を出す者が出てきそうだろう?」
これについては考え方の違いだけじゃなく、立場の違いも関わってきているみたいだから、どれだけ言い合っても平行線だろうね。
だからボクは、さらなる燃料を投下することにした。
「エッ君は〔不完全ブレス〕っていう技能も持っているから、下手をすればこの中央広場一帯が更地になっていたかもしれないですね」
じゃじゃーんと皆に見せつけるように持ち上げると、エッ君は「凄いでしょ!」と自慢げに胸?を張っていた。
まあ、使ったこともないし、当面は使ってみるつもりもないので、本当にそれだけの威力があるのかは分からないけれど。
そして今度こそ、この場にいる全員の顔から血の気がなくなっていく。
ようやく自分たちが放置していたのものがどれだけ危険な状況だったのかが理解できたようだ。いや、支部長だけは平然としているね。
騎士団から説明を受けたということから、エッ君の正体も聞いていたのだろう。そこからブレスについては予想していたのかもしれない。
「おや、それは大変だね」
「ええ、とっても大変です」
「あっはっはっはっは」
「ふふふふふふふ」
「笑い事じゃねええええええ!!」
おじいちゃんの絶叫は冒険者協会の外どころか、広場の向かいにある騎士団の詰所にまで響いたのだとか。
今回のペナルティは既に起きたことに対するもので、リュカリュカちゃん自身が言っていた「これ以上はどうこうするつもりはない」という言葉と矛盾するものではありません。
罰を目に見える形で行ったことで、改めて釘を刺した、または意識改革を促したという面はあります。