31 ディランとデュラン
ボクとおじいちゃんの会話に割って入って来た男性は、ニコニコと邪気のない笑みを浮かべていた。にもかかわらず、場の空気は逆に張り詰めていくようだ。
それに引きずられたという部分もあったのだろう、ボクは自分の胸の内がざわついていると感じていた。
改めて登場してきた男性を見る。小説などでよく言われる、いわゆる「目が笑っていない」ということではないね。むしろ興味深いものを見つけたといわんばかりに好奇心に満ちたものだった。
そこでふと、里っちゃんから聞いた言葉を思い出した。
「笑顔ってね、防壁なんだよ。ほら、見ず知らずの人でも、困っている顔だったり泣いている顔だったりすると、「どうしたんですか?」って声を掛けることができるよね。でも、ニコニコと笑顔を浮かべている人に「何か楽しいことがありましたか?」と聞ける人なんてほとんどいない。だからね、笑顔って他人に、特に知らない人に対する防壁にもなるんだよ」
それを聞いた時には何のことだかさっぱり分からなかったけど、彼の顔を見てようやくピンときた。
そして確信した。この人は面白がっていながらも警戒しているのだ、と。
「やあ、初めまして。私はデュラン。クンビーラの冒険者協会の支部長を務めている」
おおう!ここでついにトップの登場ですか!
「チッ!やっと出てきやがったか、引きこもりの腹黒エルフが」
おじいちゃんの方は悪態じみた台詞だったけど、これは嫌っているのではなく、色々な感情が混ざり合っているように感じる。
処理しきれていない、感情の落としどころが分からなくなっている、というのが近いんじゃないかな。
「久しぶりに会った友人に腹黒とは酷い言い様だね。それと、引きこもっているのはうちの種族の連中であって私じゃない。そこのところは訂正してもらいたいね!」
腹黒の方は文句を言っても否定はしないんだ……。つまり自覚していると。
あー、表裏の少なさそうなおじいちゃんとは反発しあう関係になるはずだわ。
「誰が友人だ!お前を友だと思ったことなど一度もない!」
「寂しいことを言わないでくれ。もう、私たちの時代を知る者は君くらいしか残っていないのだからさ」
「…………」
支部長、デュランさんの言葉にバツの悪そうな顔になるおじいちゃん。
「あのー、ちょっといいですか?」
「うん?何かな?」
おじいちゃんとのやり取りの最中は緩くなっていたデュランさんの警戒が一瞬で元に戻っていた。ここまでくると、朗らかな笑顔を張り付けた仮面のように思えてくる。
「さっきの「私たちの時代」ってどういう意味なんですか?どう見ても支部長さんの方が若く見えるんですが?」
おじいちゃんが六十代後半以上の外見をしているのに対して、デュランさんは三十代前半、場合によっては二十代にすら見えた。
「はっ!?本当はまだ若いのに、怪しげな魔法によっておじいちゃんの外見に!?」
「いやいやいやいや、違うから。第一それなら同年代はそれなりにいることになるよ」
ですよねー。
「でもそれじゃあ……。はっ!?」
「なんだか嫌な予感がするね……」
「支部長さんは物凄い若作りとか!」
そう言った瞬間、ホールの各所から吹き出す声が聞こえてきた。
「ふっ。勝った!」
「いや、リュカリュカは何と戦っていたんだよ」
酷く疲れた声で突っ込むおじいちゃん。当のデュランさんは何とも言えない顔をしていた。
「こんな感じでさっぱり分かっていないので、差し支えがないなら教えてください。それと支部長さん、そろそろ警戒するのをやめてもらえませんか?おじいちゃんが約束してくれた内容を冒険者協会として行ってくれるなら、ボクはそれ以上どうこうするつもりはありませんから」
「……なるほど。ディランの威圧に屈しなかっただけのことはあるということのようだね」
屈するも何もあれは効果範囲外だっただけ、ああ、そういう意味ではおじいちゃんが意図的に手を抜いてくれたとも言えるのかな?
「リュカリュカ君、エルフという種族のことは知っているかな?」
「ええと……、ドワーフ、ピグミーと並んで妖精種と言われている種族、ですよね?」
キャラクター作りの時に不思議ケット・シーのアウラロウラさんから教わったことだ。
「その通り。しかし同じ妖精種と括られている割にこの三種族は異なる点が多くてね。その一つが寿命の長さだ。ピグミーは大体ヒューマンと同じ六十前後の寿命であることに対して、ドワーフはその約五割増しの百年だといわれている。そして私たちエルフはヒューマンの四倍以上、大体二百五十年から三百年は生きると言われている。そして寿命が長い分だけ、老化も遅いという訳だね」
へえ。そんな設定があったんだ。
「エルフたちの多くが森に引きこもり人前に姿を現すことがないのはそのためだ。彼らは俺たちとは異なる時間の流れを生きているんだ」
と補足してくれたのはおじいちゃんだった。その横顔は寂しそうでいて、そしてどこか申し訳なさそうにも見えた。
だからボクは努めて明るくこう言ったのだ。
「つまり支部長さんは、種族的に若作りなんですね!」
「身も蓋もない結論だな!?」
「物凄く異議ありと言いたい!しかし的は射ているから、間違っているとは言い難い!」
ふっふっふ。精々頑張ってそれらしい言い回しを考えることだね。中二病っぽいものが出てきたら大笑いしてあげよう。
そして見た目はともかく、二人が同年代で、なんだかんだ言いながらも気を許し合った関係だということも良く分かった。
「はあ……。リュカリュカのせいですっかり気が削がれちまったぜ。だが、これだけは聞いておかないとな……。おい、デュラン。どうしてリュカリュカの情報を小出しにした?」
せっかくぐずぐずになった空気が、おじいちゃんの一言で元の張りつめたものへと戻って行く。
「それはもちろん、不必要な情報だと判断したからだよ」
「不必要だと!?そのせいで危うく街が消し飛ぶところだったんだぞ!」
「だが仮にだ、「ブラックドラゴンをやり込めたのは、冒険者にもなっていないレベル一の少女だ」と言われたら、君ならどうするね?」
こうやって落ち着いて聞くと「嘘を吐くならもう少しましな嘘を吐け!」って言いたくなるような内容だね。
「はいっ!ボクならそのことを伝えに来た人に、休息を取るように勧めます!」
「リュカリュカは当事者だろうが!?」
「いや、君の話だからね!?」
ボクの本音に、おじいちゃんとデュランさんの突っ込みが即座に入れられたのだった。
やっぱりこの二人、実は仲良しなんじゃない?