30 おじいちゃんとの雑談
小部屋から冒険者協会のホールへと戻ってくると、幾人からもの視線を感じる。半分はボクに、もう半分は腕の中にいるエッ君にというところだろうか。
エッ君を抱いて移動するのにもすっかり慣れてはきたけれど、いざという時に咄嗟に手が使えないという状況はよろしくないかもしれない。
そろそろエッ君にも自分で歩くようにさせるべきなのかも。
さっきの一件の話が広まればバカなことを考える人も減るだろうから、数日の内には始められるだろう。後は、エッ君がはしゃぎ疲れた時用に背負子というか、入れておけるような可愛いバッグでも探しておこうかな。
さて、その話の元となってくるはずのおバカ冒険者五人組だけど、既に連行されて行った後なのかその姿は見えなくなっていた。
グラッツさんも詳しい経過を報告しなくちゃいけないだろうから、そちらに同行しているんじゃないかな。多分、ボクのお目付け役も兼ねていたのにあんな騒ぎが起こってしまったから、上司の人から怒られていなければいいけど。
「おっ、嬢ちゃん、話は終わったのか?」
代わりにといってなんだけど、あっという間に五人をのしたあのおじいちゃん、年配冒険者が残っていた。
「ええ。終わりました。それとボクの名前はリュカリュカです」
「ん?ああ、すまんすまん。どうにもその呼び方がしっくりときてしまっていてな。これからはちゃんと名前で呼ばせてもらう」
そういえばゲーム開始直後にお世話になったボッターおじさんや、『猟犬のあくび亭』の女将さんたちも最初はそう呼んでいたっけ。
外見などからNPCたちが呼びやすいものが自動的に選ばれるようになっているのかもしれない。
「それで、あー、なんだ。さっきは悪かったな。昨日の今日で騎士に絡んでいくバカがいるとは思わなかったものでな。それと、リュカリュカがあいつらとやり合い始めたから、つい面白くなって見物に入ってしまった」
周りからでもそう見えたってことは、やっぱりあの連中の目的はグラッツさん、引いては騎士団の邪魔をすることだったのだろう。
「おおかたスラムを牛耳っていた裏組織と繋がりでもあったんだろうな。今頃余罪を吐かされながら、自分たちのバカさ加減を呪っているところだろう」
それならいいんだけど、漫画とかの場合、ああいう人たちって他人に責任転嫁をするのが得意だったり、無駄に諦めが悪かったりするからなあ……。
はい、そこ!キャラを有効に使い回すためとか言わない!
「結果的にちゃんと助けに入ってくれたんだからそれで十分です。後は勝手に話が広がっていくでしょうから」
そう言ってニコリと笑ってあげると、おじいちゃんもニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そうだな。今晩の酒場はさっきの話でどこも大盛り上がりになるだろうよ」
きっとあの場にいた人たちが自主的に話題に出してくれることだろう。
「話を戻すが、もしもあの時、俺が割って入らなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そんなのもちろん外へ逃げ出して、大声で助けを呼ぶに決まっているじゃないですか」
「は?……助けを呼ぶ?」
「いくらグラッツさん、あの騎士さんですけどね。彼が伸び盛りだといっても、ボクを守りながら五人を相手にするのは厳しいでしょうから」
「いや、リュカリュカは戦わないつもりだったのか?」
「まだ冒険者にもなっていないレベル一のボクが?一緒に戦おうとしても邪魔になるだけだと思いますけど」
そう言うと、周囲がざわついた。
「冒険者になっていない?……お前さん、本当にレベル一なのか?」
あれ?この辺りの事情は伝わっていないのだろうか?
騎士団から護衛を出してきたくらいだから、冒険者協会の方にもそれなりに詳細が伝えられていると思ったのだけど。
そういえば、職員の人たちもそれっぽい単語を出すことでようやく勘付いたみたいだったから、情報が渡っていたとしても、トップで止まっていた可能性もある。
「本当ですよ。ちなみに今日ここへ来たのは冒険者になるためです。まあ、あのまま誰も助けに入ってくれなかったら、取り止めることになったと思いますけど」
きちんと通達がされていればこんな面倒事は起こらなかったはずだし、エッ君が落ち込むこともなかったはずだ。
そう考えると、このくらいの仕返しをしてもいいんじゃないかと思う。
「チッ!冒険者協会の独立意識が高いことが災いしたか!……おい、そこの兄ちゃん!」
苛立たしそうに舌打ちをすると、おじいちゃんは近くにいた職員の人に声を掛けた。
「は、はいぃ!?」
職員さんビビり過ぎ。……とも言えない。
なにせ今のおじいちゃんは苛立っている柄の悪い不良老人そのものだったからね。『提言、社会問題。キレる老人たち』っていうテレビの特番に登場していてもおかしくないほどだ。
つまりリアルでなら目すら合わせたくない相手ということです。
「悪いが上にいる引きこもりに、すぐに下りて来いと伝えてくれ」
「わ、分かりましたぁ!」
職員さん、哀れ……。せめてあの人に良いことがありますようにと、そっと祈っておこう。
それにしてもさっきの台詞からすると、おじいちゃんってもしかしなくても有名人?
「大したことでもない。実際リュカリュカだって知らなかっただろう?」
案の定な返答に対して「だってボク、プレイヤーですから」とも言えず、曖昧に笑って誤魔化すことになった。
「まあ、それはともかくとしてだ……。よくレベル一で俺の威圧に耐えられたな」
「直接ぶつけられていたら危なかったでしょうけどね」
男たちへの威圧だったから、少し距離の空いていたボクには効果が低下していたのだ。
グラッツさんはより男たちに近い位置にいたから、運悪く巻き込まれてしまっていたということになる。
「前に出なくて正解だった!」
そう言うと、抱いていたエッ君から「すごーい!」という尊敬の眼差し?を感じた。ちょうどエッ君に話したことに繋がる部分があったからだろう。
まあ、狙ってやった訳ではないけれど、ご主人様としていいところを見せられたのだから、結果オーライ!
「いや、リュカリュカも十分に威圧の範囲に入っていたんだが……」
「いいじゃないか、ディラン。そういうことにしておいてくれるというんだから、若者の心意気は受け取っておくものだよ」
何やら呟いていたおじいちゃんに被せるように言いながら現れたのは、耳の先が尖がった壮年の男性だった。