281 変わらない心
「みんなボクのことを過大評価し過ぎだと思う」
ゴーレムたちとの戦闘を終えて一息入れたところで、ボクはそう切り出した。
結局、ゴーレムたちはあのヒューマンタイプの四体で打ち止めとなったこともあり、さほど時間をかけずに、さらに言えばそれほど苦労することもなければ危険になることもなく倒しきることができたのだった。
もっとも、追加されたのがそれまで戦っていたアニマルタイプやその前に出現した甲虫型などであれば、相当に苦戦する羽目になっていたことは間違いなかっただろうね。
それではなぜヒューマンタイプは比較的楽に倒すことができたのか。ガーディアンゴーレムのように造形等が悪かった?
ノンノン。こちらも一級品の彫刻のようにリアリティ溢れるお姿でしたとも。ついでに言うと無駄に美形な上に女性型の方はやたらとないすばでーという、データの投入先を明らかに間違っているんじゃないだろうかという外見仕様。
さすがに髪の毛は一塊で動きに合わせてなびくことはなかったけれど、その他の体の動きなどはとても滑らかだった。
それでも、その動きが戦闘経験のない一般人レベルとあってはボクたちの敵ではなかった。
せめて武器の一つでも持っていれば難易度は段違いに跳ね上がったのかもしれないが、丸腰のままで体術の心得もないとなると負ける要素は皆無だったという訳。
いくら頑丈であっても転ばされた上に滅多打ちにされてしまっては何もすることができず、そのまま敗北することになってしまいましたとさ。
やっぱり色々と投入するデータを間違えていたんじゃないだろうかとこっそり心配してしまったくらい、それまでとは打って変わって楽勝ムードとなってしまったボクたちなのだった。
そんなこんなで無事に地下遺跡に入ってから初の戦闘に勝利したところで、冒頭の一言へと繋がるのだった。
「リュカリュカ、唐突過ぎてあなたが何を言いたいのかがさっぱり分かりませんわ」
「戦闘中のことだよ」
「戦闘中?……あなたがふざけてネイトに叱られた事ですの?」
ミルファ、言い方!
それだとボクが問題児みたいだよ!?
「ネイやんが叱ったんも当然やと思うで。命がけの戦いの最中にあれはない」
エルも聞き訳がない子どもに言い聞かすような物言いは止めて!?
「確かに口調はきつかったかもしれませんが、それもリュカリュカを心配してのことだったのですが……」
うわあ!ネイトも勘違いして落ち込まないでー!?
「だから!その前提になっている部分が過大評価なの!みんなからは単にふざけていたように見えたみたいだけど、ボクとしてはああでもしないと恐怖心で動けなくなりそうだったんだから!」
叫ぶようにあの時の心情を吐露すると、フリーズしてしまいピクリとも動かなくなる三人。その顔には揃って唖然とした表情が張り付いていた。
「はあ!?あの程度の魔物で!?うちの体感的にグリーンリンクスをちょっとだけ強うしたくらいのもんやったで」
と言いながら最初に再起動したのは経験が豊富なエルだった。やっぱり亀の甲より年の……、コホン。まあ、それはともかくとして。
グリーンリンクスというのは主に森を活動拠点としている猫っぽいの魔物のことだ。
が、猫っぽいのはその顔付きだけで、最低でも体長は一メートル以上とそれなりに大きく尻尾を加えると一メートル半を超える個体も少なくない。
名前の通り緑色の体毛をしているため森の中では発見が難しい上に俊敏で、木々を使って縦横無尽に動き回るという高速で立体機動な戦闘を得意としている。
一方でその身軽さを活かすためなのかその他の能力値は今一つで、討伐のための適正レベルも五以上と実は意外に低かったりしているという、何ともアンバランスな魔物だ。
一方で、ロンリーコヨーテを楽に倒すことができるようになった駆け出しの冒険者たちが図に乗って討伐依頼を受けたのはいいが、ろくに情報収集もしないで向こうの得意とする森林地帯に突撃して行って、その結果逆に返り討ちにあってしまったという話には事欠かない、初心者殺しの魔物でもあった。
「グリーンリンクスだろうが何だろうが、圧し掛かられたら押し倒されるかもしれない猛獣なんて恐怖以外のなにものでもないよ」
キャラクターメイキングやレベルアップ等で体の方は強くなっても、精神的な面はリアルとそうそう変わるものじゃない。
ゲーム的にもそこは安易には触れることができない部分らしく、運営としてもバランス取りに苦労しているもようです。
「田舎からクンビーラに出てきたその日にブラックドラゴンに堂々と対峙して、しかもものの見事にやり込めたっちゅうあんたが!?」
「あれは突然のこと過ぎて感情が追いついていなかっただけ」
後はリアルではドラゴンという存在に類似する生物がいなかったために、その恐ろしさが認識できていなかったということもある。
もしも今再び同じことをやったとすれば、まともにブラックドラゴンと言葉を交わすことすらできないかもしれない。
まあ、あの時も会話が成立していたのかどうかと言われると、何とも微妙な気もするけれど。
「すると、ビートルタイプの時なども?」
「怖くなかったと言えば嘘になるかな。アニマルタイプよりははるかにマシだったけど」
ビートルタイプの場合、リアルでも虫はそれなりに見かけることに加えて、カブトムシをベースとしていた比較的カッコイイものだったので耐えられたという部分が大きい。
同じ虫でもコックローチだとかムカデのような多足のものであれば、その巨大さと相まって嫌悪感で動けなくなっていたかもしれない。
「ヒューマンタイプの時は躊躇せずに攻撃していたように見えましたわよ?」
「そうやな。普通は人に近いもんが相手やと気後れしたりするもんなんやけど、女のゴーレムに真っ先に向かって行っとったな」
きょにゅーは敵なのです!
というのは冗談として、こちらは『毒蝮』との戦いだとか、公式イベントでプレイヤーたちとやり合ったことで耐性が付いていたようだ。
「あそこまで作り物めいていて一切表情に変化がなければ、躊躇する必要なんてないと思うんだけど」
「理屈ではその通りなんやけど、実際には体が動かんようになる……、ってそういうことかい」
「そういうことなんですよ」
やはり年……、コホンコホン。経験値が高いだけあって、今のやり取りからエルはボクが言わんとしていたことを理解してくれたようだ。
「つまりリュカリュカは、猛獣の魔物に対して特に恐怖を感じやすいんやな」
「そういうことだったのですか。だからああやっておどけることで恐怖心を誤魔化していたのですね」
ため息とともに吐き出されたネイトの言葉に、ボクは小さく頷いたのだった。