278 燃料
「そういえば、この宝石って一体何なの?」
宝石には様々な謂れがあるとエルから今しがた教わったばかりだが、それでは例えばこの宝石にならばどのようなお話が付いて回っているのだろうか、と好奇心を刺激されたのだった。
色合いからするとリアルでならばルビーやガーネットといったところだろうか。
しかしこちらは、魔法なんていう不可思議な力が実在するファンタジーな世界だ。予想もつかないような、とんでもないものが飛び出してくるかもしれない。
ちょっぴりワクワクしながらそんなことを思っていると、
「そんなん、それこそ〔鑑定〕を使うてみたらええやん。壁画から取り外したんやから、今なら妨害されることもないはずやで」
と、エルから身も蓋もないお言葉が!?
いや、その通りではあるんだよ。使うことで技能の熟練度を上げることだってできるし、邪魔をされないのなら手持ちの中ではこれが一番確実な方法でもある。
だけど、そこは場の雰囲気というかノリというか、そういったものを大事にして欲しかったと言いますか。
ぶっちゃけ「もうちょっと空気読んでよ!?」と言いたかった訳でして。
だからと言って「では具体的にどうすれば良かったのか?」と問われると、それはそれで答えに詰まってしまいそうではあるのだけど。
結局のところ、ワクワクした気分をみんなと分かち合ってみたかったということなのだと思う。
我が儘?はい。まったくもってその通りだと思いますです。
まあ、ボクの心のあれやこれやな部分はこの辺で一旦置いておくとしまして。〔鑑定〕した結果についてお知らせしておこう。
何とこの宝石、初見のアイテムではなかった。
「まさかまたしても『緋晶玉』……」
ええ、ええ。今回もまた名前しか分かりませんでしたとも!
「エルの方はいかがですの?」
「うちの方も大して変わらんわ。名前と、今回のは力が残っとるっちゅうことだけや」
「ああ、なるほど。『緋晶玉』とは天然の蓄魔石なのですね」
力が残る?
天然の蓄魔石?
以前にも説明したけれど、蓄魔石というのは魔物のドロップアイテムである魔石を加工した、いわば回数制限のある充電式乾電池だ。
「魔力というものは世界中に広がっていますが、まれに吹き溜まりができて魔力の濃い土地というものが発生しますの。そうした濃く、強い魔力に晒されていた鉱物などが天然の蓄魔石へと変化することがありますのよ」
天然の蓄魔石と呼んではいるが、その性質はボクたちが良く知る魔物由来の蓄魔石とは少々異なっているそうだ。
まず、一番の違いとしてこちらは再充填することができない。
二つ目に、その影響なのか一般的な蓄魔石よりも大量の魔力を有していることが多いらしい。
が、取り出すのに貴重な触媒が必要だったり、その割に取り出せても実際に利用できる量はわずかだったりと、かなり無駄が多くなってしまうのだそうだ。これが三点目。
「あの『古代魔法文明期』の頃ですら、天然の蓄魔石から効率よく魔力を取り出す技術は確立できなかったとされていますの。もっとも、あの時代は今よりももっと濃くて強い魔力が世界を覆っていたそうなので、何かから魔力を取り出すような真似をする必要がなかったとも言われておりますわね」
なるほど。周囲に潤沢な魔力があったから、今よりも簡単に魔法を使用することができていたという訳だね。そしてだからこそ、魔力を蓄えた何かから取り出すような必要もなかったのだろう。
余談だけど、この濃い魔力こそが『古代魔法文明期』があれほどまでに発展することができた一番の要因だと考えられているそうだ。
「つまり、魔石から蓄魔石へと加工する技術は、わたくしたちの時代の方がはるかに優れていると言い切ることができますのよ」
必要こそ発展のための原動力か。きっと言葉通り多くの人たちの血のにじむような努力があったのだろうね。
それにしても単に綺麗なだけの宝石かと思いきや、蓄魔石代わりに使えるかもしれないような代物だったとはね。
まあ、その方法に難があるようだから実質的には使えないも同然なのだろうけれど。
でも、もしもその利用方法を確立できていたとすればどうかな。
例えば、装飾のための見た目ではなく魔力を抽出するいわば燃料の方を重視していたのだとすると、三枚目の壁画のように採掘の際に乱雑に扱ったとしても当然ということになるのではないだろうか。
加えて、ボクたちの手元にある二つの『緋晶玉』の内、一つは力を使い果たしていたのだ。しかもそれ、ガーディアンのドロップ品として入手したんだよね。
単純に考えると、『緋晶玉』を燃料にガーディアンを動かしていたと考えるのが一番分かり易いと思うのですが、いかがでせうか?
「天然の蓄魔石を燃料にしていたですって!?」
「でも、それならあの炎弾の雨なんちゅう滅茶苦茶な攻撃ができたんも理由が付くで。……納得はしとうないけど」
「確かにあれは大規模強力魔法と比較しても遜色がないと思えるほどのものでしたからね。魔力の消費もそれに見合うだけのものが必要となれば、リュカリュカの考えが最も妥当と言えそうです。……同じく納得はしたくありませんが」
そんな推論を述べてみたところ、みんなからも賛同を頂くことができたのでした。
……とっても消極的だったけどね!
まあ、先ほどミルファが自慢気に語ったように魔物のドロップ品である魔石から蓄魔石へと加工する技術は、現代世界が『古代魔法文明期』に勝ることができる数少ないものの一つだ。
それを台無しに――という言い方をするのはちょっと違うかもしれないけれど――してしまうような発見となると、感情的にはストレートに評価し辛いのだと思う。
実際にはどちらも凄い技術だと思うけどね。あえて個人的な意見を言うなら、再利用できる回数の多い魔石を加工した蓄魔石の方が好みかな。
天然の蓄魔石の方は、結果的に天然資源を食い潰すことになってしまっているリアルの現代社会の問題と重なって見えてしまいそうなので、ね……。
とはいえ、それも「身内贔屓があるのではないか?」と指摘されてしまえば、明確に拒否することができない程度のものでしかないのだけれど。
さて、この天然の蓄魔石を利用したかもしれない技術の存在により、一つ分かったことがある。
それは、壁画に描かれているのが『古代魔法文明期』のものではないということだ。
<蛇足の補足>(思い付いた設定を備忘録的に書いただけなので、読まなくても大丈夫です)
〇『緋晶玉』という名前であり、常に球体をしている訳ではない。
〇魔力の吹き溜まりについて
人が多い場所では恒常的に魔力が使用されるために吹き溜まりと呼べるほどの濃度にはならない。よって発生するのは自然豊かな土地のみ。
徐々に魔力が濃くなっていく過程で魔物が集まり易いなどの予兆期間が一カ月から数か月程度あり、その後本格的な吹き溜まりとなる。吹き溜まりが存在する期間は一年程度。まれに数年持続することもある。
濃く強い魔力に晒されることによって土壌や水などが魔力を帯びることになり、天然の蓄魔石などが発生。生物にも影響が現れ、植物系や鉱物系の魔物や魔法生物などが生まれることも多い。動物の場合は魔物化するより先に逃げてしまうか、魔力に引かれて寄ってきた魔物の餌食になってしまう。
吹き溜まりがなくなると徐々に土地にしみ込んだ魔力も抜けていき、同時に発生したり集まって来たりしていた魔物たちは離散していく。まれに魔力が抜けきらずに天然の蓄魔石の鉱脈や魔力を帯びた泉などが残されることがある。




