275 リーヴの大発見
空に浮かぶ島々。
そんな目立つものが本当にあったならば、せめて伝承なり何かが残っていなくてはいけないと思う。が、自由交易都市と銘打って人に物に情報が集まるクンビーラに拠点を構えているのに一向にそんな話題を耳にしたことはない。
加えてゲーム的なことを言うならば、島々が浮いている幻想的な景色だなんて絵になりそうなものを運営が放置しているとは考え辛い。
コマーシャルやデモムービーの素材として使用されている――実はこういう映像を見るの好きなんだよね――と思うのだ。しかし、こちらの方も全く目にしたことがなかった。
ちなみに、『笑顔』の方で里っちゃんが扮しているコアラちゃんことユーカリちゃんが『新天地放浪団』のギルドマスターだと知って以降は、彼ら彼女らの撮影した映像もよく見るようになっていた。
ガラスの森とかすっごい綺麗だったんですけど!……ちょっと光の乱反射で目に悪そうだったけどね。
「ですが、この壁画が虚構ではないという保証もありませんわ!」
「ミルファ、それを言い出したら話が進まなくなっちゃうよ」
すっかり荒ぶってしまっておられるので、どうどうと宥めてネイトに引き渡して気を鎮めてもらうことにする。
恐らくはちょっぴり動転しただけなのですぐに落ち着くことだろう。
「そやけど、リュカリュカ。ミル嬢が言うたことも一理ある。この壁画が『古代魔法文明期』のことを正確に写しとるとは限らんのやで」
「そうだね。でも、そうだったとしても別に問題ないよ」
「あん?何でや?」
「だって、ボクたちの目的はこの壁画に隠された仕掛けを解くことなんだから。空飛ぶ島が実在したかどうかは関係ないんだよ」
確かにボクはプレイヤーだけど、勇者様でも英雄様でもない。発生した問題全てをなんとかできるだけの力はないし、するつもりもないのだから。
目の前で起きていることに対処するだけで精一杯でございますよ。
それと……、みんな壁画を『古代魔法文明期』について描いたものだと考えているようだけど、ボクはどうにも違うような気がしていた。
ただ、何がどうとか理由が明確になっている訳ではないのがもどかしいところだ。
あえて言うなら勘ということになるのだろうが……。はてさて、どこまで当てになることなのやら。
「ふうん……。ドライっちゅうか冷めた考え方もするんやな。ちょっと予想外やったわ」
「人でも物でもボクが抱えられる量には限りがあるからね。何でもかんでも頭を突っ込むわけにはいかないよ。……で、エルも何か聞きたいことがあるんでしょう?」
そうやって水を向けると、彼女は観念したようにフッと小さく息を吐いたのだった。
うわあ、何を言われてしまうのかちょっと怖くなってきた……。
「そないに緊張せんでも、さっきの壁画のことや。自分、なんであの街自体を浮かべたと思うたん?」
あ、そっちね。それは簡単な話だ。
「だって、これだけの規模の街だよ。新しく建造するよりも時間も手間もかからないと判断しても変ではないと思う」
リアルの現代ニポンなどの都会に比べれば小さいけれど、それでも摩天楼部分があるために、こちらの世界の大半の街よりは大規模ということになるのだ。
「建物の外側を作れば終わりじゃないでしょう。内装もあれば家具だってあるんだし、お気に入りのものは持っていきたいなんてことになったら、結局はお引越しをするのと同じくらいの手間になるんじゃないかな。そういう諸々の面倒事を考えると、土台の地盤ごと持ち上げる方が簡単じゃないかと思った訳」
「なるほどな。リュカリュカの考えは分かったわ。……やけど、普通はそれでも街を浮かべる方が難しいと思うもんなんやで」
「りょ、了解……」
安心したのも束の間、きっちりとボクの考えの非常識さに釘を刺してくるエルさんだった。
「無理矢理こじつけた感じは残るけど、これで一応、五枚目と四枚目も繋がったね」
これによって一枚目との繋がりも予測できたので、残っているのは真ん中の三枚目だけということになった。
「一、二枚目との繋がりは全然分からなかったから、ここは同じく人が描かれているということで四枚目の方で関連するポイントを探してみようか」
「やることに異論はありませんが、それもまた随分とこじつけた理由ですね」
そこは自分でも思っていたことなので、ネイトの言葉に思わず苦笑いです。それでも率先して動いてくれるのだからありがたい限りだ。
ミルファの方も落ち着いたのか、絵の内容の真偽はともかく、何か妙な所がないかと探し始めてくれたのだった。
そして探し始めてから数分後にそれは見つかった。
「あら、リーヴ?どうかしましたの?……リュカリュカ!」
呼ばれて振り向いてみるとミルファの袖を引くリーヴの姿が。
「はいはい。どうしたの」
「リーヴが何か見つけたようですの」
なのですぐ側にいたミルファへと連絡したらしい。だけど、ボクを含めて全員がすぐ近くにいたんだけどね。
これは……ミルファと話す機会を作るためにわざとそうしてくれたんかもしれない。
ボクたちは別に喧嘩をした訳じゃないからそこまで気を遣う必要なんてなかったのに。ミルファも勘付いたのか、少々バツの悪そうな顔で頬を赤らめている。
「ありがとね」
だけどその心遣いが嬉しくて、こっそり小声でお礼を告げておいたのだった。
「おーい、そこの二人。イチャついとらんで、はよリーヴが見つけたもんを教えて」
「い、イチャついてなんていませんわよ!?」
と、エルのからかいに超高速で反応した彼女のお顔は、リンゴのように真っ赤に染まっていたのでした。
「ダメですよ、エル。二人は仲良しなんですから、こういう時はゆったりほっこり見守るべきなのです」
ネイトさんや、その対応の仕方もおかしくありませんかねえ?
というか、百合の花を咲かせるつもりはこれっぽっちもないから。
いつも通りのやり取りを経て、いつも通りの雰囲気へと戻ったボクたちはさっそく――その割に時間が掛かった、なんて言わない約束ですよ――リーヴが見つけた妙な所を観察していた。
「穴、と言ってしまえるほど深くはなさそうですわね。精々が窪みというとこですかしら」
「そうやな。ミル嬢の言う通り窪みというところやろうな。やけどこれは何かがぶつかって凹んだっちゅう様な様子もない。つまり、わざと作られた可能性が高いで」
ミルファとエルが今言ったように、壁画の中心にあった謎の魔導機械の側面、ボクたちから見てちょうど正面に当たる部分に窪みがあったのだった。