265 墳墓はあるのか?
壁画の中の島に港が存在していないということが判明したっぽい――あくまでボクたちの推理なので、今の時点で正解がどうかは不明なのです――のはいいけれど、同時に出入りする方法がないのかも?ということまで判明してしまった。
これはつまり、海に囲まれた孤島というボクたちの考えていた前提条件が成り立たなくなってしまったことを意味していた。
「うわあ……、そう考えるとすっごい徒労感が襲ってきたよ……」
色々と悩んで話し合った時間は何だったのかと言いたい。まあ、今まで知らなかった世界設定とかが飛び出してきていたので退屈はしなかったけどさ。
それでも見当違いの方向に向かって議論していたという気恥ずかしさもあって、ボクたちの間には何とも言えない微妙な空気が流れていたのでした。
「それにしても……、海に浮かぶ島ではないとなると、この壁画は一体何を描いたものだったのでしょうか?」
「製作者の思い描く理想の街とか?」
碁盤目状に近いしっかりとした区画整理に点在する大小の緑化区域と、相当緻密な都市計画の上に成り立っている街のように見える。
ただし中央のビル群など、どちらかと言えばリアルの専門知識の方が必要になりそうだけど。
「そういう時は目線を変えてみるのもアリやで」
突然の声に振り返ってみると、そこに立っていたのはあちこちを調べていたはずのエルだった。
「もう調べ終えたの?」
「あんなあ……。うちが別行動し始めてからどれだけ時間が経ったと思うてるんや」
呆れたように言われてメニューの時計機能を確認してみると、この壁画のある場所にやって来てから三十分以上が過ぎていたのだった。
「あらら。ちょっとのんびりとし過ぎちゃったかな」
「日が当たらん外の様子も見えんこういう場所やと、時間が分からんようになるんはようある事や。次から気を付けるようにしたらええで。それに、どうにもこの先に行くには壁画から何かを読み解かんといかんようになっとるみたいや」
「壁画から読み解く?」
「そうや。扉らしき門は見つけられたんやけど、それを開く仕掛けがどうやらこっちの壁画が並らんどる方へと伸びとるみたいなんよ。ああ、さすがにどういう仕掛けかまでは分からんかったから」
うへえ……。通路に続いてまたもや謎かけというか頭を使う展開ですか。
あ、別に殴って解決な脳筋仕様が好みということではないので念のため。
ただ、どうにもさっきから考えなくてもいいようなことまで突っ込んで考えてしまっているような気がするんだよね。
結果的に色々な情報に触れることができたのだけど、それも誰かに誘導されているように感じられて……。まあ、誰かも何も運営以外にそんなことをするような人たちは居ない訳ですが。
「せっかく考えた世界設定なんだから、もっと多くのプレイヤーに知ってもらいたいんだ!」という血涙混じりの魂からの叫びが聞こえてきそう……。
幻聴は置いておくとして、それが正規の手順なら挑戦してみるしかないだろう。
「それにしても、何だか墳墓が隠されているっていう雰囲気ではなくなってきたよね?」
「そういえば元々は例の王冠を埋葬し直すことが目的でしたわね」
忘れないでよ!?ミルファの御先祖様のお墓だよ!?
「いえ、決して忘れていた訳ではありませんわよ」
心外だという表情をしてからそっぽを向いた彼女だけど、冷や汗らしきものががたらりと流れていたのを見逃してはいないからね。
「ですが、リュカリュカ。まだ完全にその可能性がなくなってしまったということではありませんよ。確か盗賊などによる墓荒らしを避けるために古代の遺跡を利用したという事例もあったはずですから。そうですよね、エル?」
「ネイやんの言う通りや。というか、ようそないな話を知っとったな。この大陸やのうて他所の大陸であったことやで」
つまり『笑顔』ではそういった類のダンジョンが実装されている訳ですね、分かります。
ちなみにネイトが知っていた理由は簡単で、魔法などの先生でもあった彼女の村に赴任してきた神官さんのそのまた師匠が他大陸の『七神教』の総本山出身の人であったからだそうだ。
おしゃべり好きで直接見たり人から聞いたりした話を面白おかしく語るのが趣味という、大層愉快な人だったらしい。
「先生に代わってその方に直接お会いすることが、私が旅をする目的の一つでもあります」
その一言からだけでも、ネイトがその先生のことをどれだけ慕っているのかが分かるというものだ。
そんな関係がちょっぴり羨ましいかな。ボクの場合は中学時代に里っちゃんたち生徒会のお手伝いをしていたせいか、先生というと「敵」とまではいかなくとも「越えて行く壁」くらいな存在ではあったからだ。
「しかし、その……、こう言っては何ですがネイトの先生のそのまた師匠ということになるとかなりの御高齢なのではなくて?」
この世界では種族によってその寿命が大きく異なっているが、ほとんどの人は六十歳から百歳の間に天寿をまっとうとすると言われている。
エルやデュランさんのようなエルフ種族でもなければ、ミルファが言い難そうに指摘した通り既に天へと召されている可能性も高いのだ。
「ああ、それならば平気ですよ。確かにあの方は私と同じセリアンスロープであり御年六十を超えているそうですが、「この地の面白い話をすべて聞き届けるまでは死なない」と豪語しているらしいので」
なんと愉快どころかファンキーな御仁でした!?
「ただ、そういう人なので一カ所に腰を落ち着けるということが苦手で、今でも大陸中を転々としているようです」
しかも大変ハッスルしておられる!?
でも、そういうことならば近々本当に出会えるかもしれないかな。ボクがプレイヤーだということは関係ないよ。
まあ、ある意味ボクも大いに関係していることではあるのだけれど、クンビーラのすぐ近くにはほら、他にはまずいないであろう特別に珍しい彼が住み着いた訳ですから。
「ブラックドラゴン様を見物するためにやって来る、ですか?……大いにあり得そうですね」
ボクなんかよりもよほどその人の為人を知っているはずのネイトもそう考えるということは、まず間違いがないと思って良いと思う。
近い将来に起きるだろう出会いに心が弾むような気がしてくるのだった。
ちなみにリュカリュカちゃんに弾むだけの胸は――おや?誰か来たようだ……。




