261 壁画といえども超技術
しかしながら、驚くべき点はこれだけではなかった。
「おや、壁画は隣にもあるようです」
「それだけやないで。その先にも続いているみたいや」
なんとこの壁画、ボクたちの正面にあったこの一枚だけではなく、他にもいくつも描かれているようなのだ。
「このような力作をいくつも描くなど並大抵の力では不可能ですわ」
ミルファの言う『力』とは単に作者の力量という意味だけではなく、そうした作品を完成させることができるだけの財力や権力も指すものだ。
ネットでポチポチすれば大抵の物がわずかな時間で手に入るリアルの現代とは違って、こちらでは描くための顔料の類一つを入手するだけでも大変な労力を必要とすることが多い。
創作物で定番の「金ならいくらでも払う!」と言ったところで手に入らない物がいくらでもあるのだ。
「今のクンビーラで同じことをやろうとすると、どれくらいできるかな?」
我ながら意地悪だなとは思いながらも、これらの壁画がどれだけ異常なものなのかを知るためにもミルファたちに向けて質問を投げかけた。
「……十年から二十年の長期的な計画でもって進められるのであれば、ようやくこの一枚を描けるだけの人と物をかき集めることは可能だと思いますわ」
「え?完成までじゃなくて集めるだけでも長期計画が必要なの!?」
しかもよくよく聞いてみればそれすらも断定じゃないときている。
「『三国戦争』が起きたせいなんか、それともそれぞれの国が抱え込んで離さんようにしとるんか、いわゆる芸術家っちゅう連中がこの辺にはほとんどおらんようになってしもうとるからなあ」
エルの話によると、『風卿エリア』は『三国戦争』の戦場となってしまったことで多くの都市が直接、または間接的に滅ぼされてしまったらしい。加えてその際に文化財や貴重な芸術作品、さらにはそれらの担い手なども多く失われることになったのだそうだ。
「一部は保護されたっちゅう名目で生き延びとるんもあるみたいやけど、それかてほとんどは無理矢理名前を変えられてしもてるみたいやな」
芸術は産業とも密接に関わっていて、そして産業は外貨獲得のための手段の一つにもなる。そのためか例え奪われたものであったとしても、一度抱え込まれてしまうと取り返すのは難しいとのこと。
ちょっと話がそれてしまったけれど、ミルファの語った長期計画の中には人材の育成という面も含まれていたのだった。
「そして、数年がかりでこれと同等のものを描き上げることはできても、そこで終わりになってしまいますわね」
「描き上がったのだからそれで終わりなのは当たり前じゃないの?」
「ちゃうで、リュカリュカ。この絵画ができてから今までと同じだけの年月の後世に伝えることができて初めて、本当に同じだけの物ができたって言えるんや」
その考えはハードルを高く設定し過ぎというものじゃないだろうか。
が、同じレベルのものと考えるとそうなってしまうものなのかもしれない。
「しかし、いくら人が入らなかった場所とはいえ、ここまで鮮明な色合いを残せるものなのでしょうか?」
ネイトはボクたちと出会うまでの期間に、他所の町の劇場などでいくつか壁画を見たことがあるらしいのだが、どれもこれも大半の色はくすんでしまっていて辛うじて大枠が分かる程度になっているものばかりだったのだとか。
「はっきり言うて今の時代にこれだけの保存技術はない。多分ここと同じ環境を再現できたとしても、数年で色落ちが始まるはずや。専門やないからどんな方法で保存しとるんか見当もつかんわ」
そういって肩をすくめるエル。ボクたちに比べて長い長い年月を裏社会で生き抜いてきた彼女がお手上げになるとか、やっぱりここはとんでもない場所のようだ。
今ならはるか昔の大陸統一国家時代の遺跡であると言われても信じてしまいそうだよ。
「なあ、魔物もおらへんみたいやし別行動でここの調査をしてきたいんやけど」
「エル一人で?ボクかネイトが一緒に回ろうか?」
「いいや、なんかあってもここまで戻ってくればええだけやし、うち一人の方が早い」
確かに、罠にせよ魔物にせよボクたちの誰かが一緒だと逃げ切るのは難しいことになるだろう。
その場は逃げだしたとしても、彼女の言う通りここまで引き寄せて来て全員で戦うことができるのであれば、そちらの方が安全だと言えそうだ。
「分かった。でも絶対無理はしないようにね」
「了解や。そしたら一個明かりを置いていくわ」
そう言うと【光源】でボクたちの上にも魔法の明かりを浮かべてくれたのだった。
「さてと、それじゃあボクたちは壁画鑑賞と洒落こみますか」
なんていうものの、本当のところはそれほど優雅なものでもなければ、のんびりとしたものでもないのだけれど。
なにせ今は何も出て来ていなくても、ここは真っ暗闇の地下遺跡の中なのだ。魔物だけじゃなくて怪しい何かが唐突に出現してきてもちっともおかしくはない。
それにこれらの壁画の中にこっそりと先に進むためのヒントが紛れ込んでいるかもしれないのだ。
鑑賞というよりもあら捜しとでもいうべきかもね。
余談だけど、頭上にぴかーっと光る魔法の明かりを漂わせながらあっちへうろうろ、こっちへうろうろしていたエルは、闇の中に浮かび上がる妖精――エルフはドワーフやピグミーと並んで妖精種と呼ばれているので間違いではない、はず……――のようで、それなりに幻想的だと言えなくもなかったかもしれない。
「それにしてもよく描けているよね。まるで写真みたいだわ」
写実的という言葉があるけれど、これはそんな生易しいものではなくて本物の写真ではないかと見紛うほどだ。
ゲームの世界ではなく、リアルで「これは写真だ」と言って見せられたら、間違いなく信じ込んでいた気がする。
「リュカリュカ、写真とは何ですか?」
「目で見たままの景色やら何やらをそのまま切り取るようにして貼り付ける技術、だったかな。どこかの店先に置いてあった本に書かれていたのをちょこっとだけ読んだだけだから、よく覚えていないけど」
耳聡く聞きつけたネイトに適当なことを言って誤魔化す。
危ない危ない。リアルでの技術関連の多くはこの世界では完全なオーバーテクノロジーだったり、オーパーツ的なものになってしまったりしているから口にする時には用心しないとね。
あ、でも案外『異次元都市メイション』経由の謎技術だということにすれば、それほど怪しまれたりはしないかも?