254 行動パターン追加
右前足を落とした影響か、ガーディアンのHPはそれまでに比べても大きく減少していた。
そして敵が立ち上がろうとしている間に、ボクはミルファと合流して正面へと再び踊り出る。
「即興で合わせた割には上手くいったよね」
「ええ。ですがその分わたくしたちは敵意を抱かれてしまっているようですけれど」
彼女の言葉通り、登場した時からやたらと雄弁だった瞳が今はボクたちのことをしっかりと睨みつけていた。赤みを帯びていただけの瞳の色も心なしか濃く色づいているような気がする。
「まあ、それはそれで好都合だったりするんだけどさ」
なにせこの戦いに参加しているのはボクたちだけではないからね。きっとすぐにでもこちらにばかり気を取られていたことを後悔するようになるはずだ。
「ギャオッス!?」
ほら、始まった。突然その身に走った衝撃に、毎度おなじみになりつつあるヘンテコな悲鳴を上げるガーディアン。
「なんですの?」
「ミルファ、落ち着いて。心配しなくてもエッ君たちが攻撃しているだけだから」
ボクたちからは見え難いことから位置的に敵の後方、恐らくはリーヴに指示した尻尾の切り落としに挑戦しているのだと思われます。
「今度のボクたちの役割は、振り向かせないようにこちらに注意を釘づけにしておくこと!」
「了解ですわ!」
片方の前足がなくなったことに加えて、エッ君とリーヴが尻尾を抑えてくれていることで攻撃手段が激減、ガーディアンの動きは随分と単調なものとなっていた。
そのためか、おじいちゃんたちとの模擬訓練に魔物との実戦を繰り返してきた今のボクたちにとっては、回避優先で行動している限り脅威とはなり得なかったのだった。まあ、その分こちらからの攻撃もお察し程度のものでしかなかった訳ですが。
一方、ガーディアンの後方で尻尾や下半身へと攻撃を繰り返していたエッ君たちもまた、順調に敵のHPを削り続けていた。もっともうちの子たち二人が活躍できた裏には、ネイトとエルの献身的ともいえるサポートがあってのことだったようだけど。
どうやらこのガーディアンにはリアルの動物を元にした行動の論理が組み込まれていたらしい。意識や敵意こそボクやミルファのいる前方へと向けられていたものの、突発的な動きや無意識下での動きを完全に排除することができなかったのだ。
そうした事前の前振りのない突然の行動に巻き込まれてしまい、エッ君とリーヴは時に大きな傷を負うこともあった。
二人がダメージを受けてしまうごとにネイトは〔回復魔法〕で、エルはボクが渡した回復の薬を用いて奔走してくれていたのだそうだ。うちの子たちのお世話をしていただきありがとうございました。
エルに至っては時には前方側へとやってきては、ボクたちの負担が軽減されるようにと嫌がらせ攻撃まで行ってくれていたのだから恐れ入る。
しかもその全てが体勢を崩しやすい右側からのものだった。もしも公主の館の湯浴み場での初邂逅の時、本気で襲われていたらどうやったところで勝ち目なんてなかったのではないだろうか……。
生きているって素晴らしい、とこっそり胸中で嚙みしめていたボクなのでした。
こんな感じで戦いは順調な滑り出しを見せていた訳だけど、残念ながらそのまま最後まで突っ切ることはできなかった。
ゲームではお馴染みの、アレが起きてしまったのです。
さて、突然ですが雑魚魔物とボス級モンスターとでは、一体どんな違いがあるでしょう?
まず単純に強さが異なっているよね。高レベルで能力値まで盛られているというのはよくある話。
外見的なところでいうと、大きかったり色合いが派手だったりと見た目のインパクトが強いというのも割合ありがちだと思う。
そして、これ。
行動パターンや思考ロジックが変わるというのも、ボス級のモンスターならではの設定ではないかと思うのですがいかがでしょう。
そんな変更のポイントやスイッチとしてよく使われるのがHPの残量だ。
よく聞くのが半分の五割を切ったところで動きに変化が起こるというもの。攻撃の種類が増えたり、これまでの攻撃に付加効果がプラスされたりというのが一般的だとか。
その後、さらにダメージを加えていくと超強力な必殺技を使用するようになるのが定番とのこと。
この必殺技の凶悪さによってトリガーとなるHP残量は一割から三割くらいとばらつきがあるのだそうだ。
それにしても起死回生の必殺技というとロマンあふれるけれど、実際にやられる方とすればたまったものじゃないよね。
もう、それまで地道に攻撃し続けてきたのが何だったのかという気分になりそう。
最終問題で大逆転可能な一昔前のクイズ番組か!?と突っ込みたくなりそう。
……失敬。すっかり話が脱線してしまっていた。
早い話何が言いたいのかと言いますと、ボクたちが戦っている相手であるガーディアンにも、行動パターンの変更が発生してしまったのだ。
「本物のブレスほど無茶苦茶じゃないけど、これはこれで凶悪だ!」
口っぽい箇所から次々と吐き出される炎の塊を、右に左に前へ後ろへと避けまくる。
数はそれなりだけど着弾地点はそれなりに分散される仕様のようで、避けられる場所が確保できるのは不幸中の幸いかもしれない。
ようやくHPが半分を切ったと思ったところで追加されたのが、頭を上に上げて炎弾をまき散らすという迷惑極まりないものだった。
発動までには溜めが必要になるタイプの技のようで、およそ一分間防御中心の動きをしたかと思えば、三十秒ほど炎の雨を降らせてくる。
しかも厄介なことに、溜めの最中にもこれまでの通常攻撃はしてくるものだから判別が難しいという素敵なオマケまでついていた。
「よっ!なんとか、ほっ!あれを、にょわっ!?止められないの?……うひいっ!?」
「できるもんならとっくの昔にやっとるっちゅうねん!」
発動中でも一定以上のダメージを与えることで動作をキャンセルできるようになる――運よくエッ君の【裂空衝】やネイトの【アースボール】が連続で命中した――ようなのだけど、降り注ぐ炎弾の数が多くて、エルですらなかなか反撃に移ることができないでいた。
「やっと終わった!って、ああ!また溜め動作に入ってる!?」
「とにかく、今の内に少しでも多くのダメージを与えてください!」
ネイトの言葉に背中を押されるように、ボクたちは急いでガーディアンへと突っ込んでいくのだった。