251 仕掛けの起動 と書いて ポチっとな と読む
「罠はないけど何が起こるか分からへんから少し離れといて」
入り口を開けることになるだろう仕掛けは、探し始めて十五分くらいで見つけることができた。
が、石と石の隙間に手を突っ込んだ先にあったことから、エルが居なければボクたちには発見不可能であったと思われます。
彼女を連れて来れるように宰相さんに交渉した昨日のボク、ぐっじょぶ!
ちなみに、張り切ったミルファたちによって砦跡内の草はほぼ刈り尽くされてしまい、ボクたちがやって来てすぐの時とは比べ物にならないくらい見晴らしがよくなってしまいました。
これからも引き続き魔物避けの効果が続いていくなら、休憩場所として整備するのもアリかもしれない。まあ、その辺のことはこの後の探索を終えてということになるのだろうけれど。
それはさておきまして。
「エル一人を残して自分たちだけ安全な場所に逃げるなんて、カッコ悪すぎてできないよ」
わざとらしくしかめっ面して言ったボクに同意するように、みんながコクコクと頷いている。
レベルの差だとか経験の差を考えれば彼女の言う通りする方が安全なのだろうが、まるでエルを生け贄にするかのようで心情的にはどうしても従うことができなかった。
「あんなあ、そんなに難しゅう考えんでもええねん。ほら、さっきあんたも適材適所って言うとったやろ」
うん。確かにそう言った。そして適材だったミルファにエッ君とリーヴの三人はこれ以上ないくらいまでしっかりと草刈りを行ってくれた。
結構大量になったので牧草などに使えないかと考えたのはここだけの話。
エルが言いたいのも根本的にはそれと同じなのだろう。専門的な技能を有する彼女が、仕掛けを作動させる。まさしく適材適所だ。
しかし、だ。彼女は一つ思い違いをしてしまっている。これが成り立つのは対等の関係の者同士でなくてはいけないのだ。
そして、果たして今のボクたちとエルとは対等であると言えるかどうかと問われれば、ボクははっきり違うと答える。
このエルフ女性はあくまでも宰相さんの部下として一歩引いた場所に居続けていた。
確かに、これまでのやり取りだけを見ていれば対等な関係に見えてしまうかもしれない。ボクのボケにすかさず突っ込みを入れてきたりと、何も知らない第三者からは仲の良い仲間同士にしか見えなかったことだろう。
もちろんそれが全部演技だったとは言わない。むしろ性分なところの方が多かったとは思う。だけどそれでも、彼女は常にボクたちよりも一段低い位置に己を置き続けていたのだった。
「先に言っておくと、もしもミルファやネイトが命を落としてしまうような事があれば、ボクは立ち直ることができなくなるかもしれないくらいに落ち込むはずだから」
目を瞑れば瞼の裏に映るのは裏路地の光景。
毒の影響でどんどんHPを減らしていくミルファを抱いて、ただ助けを呼ぶことしかできなかったあの日のこと。
結果だけを言えばボクの声を聞きつけたネイトによって一命をとりとめることができた。
しかしあの日あの時の無力感は癒えることのない傷となって、今でも心の中でじくじくと傷み続けていた。
「い、いきなり話が変わったやん。……そんなんで冒険者としてやっていけるんかとか、色々言いたいことはあるけど、まあ、ええわ。今までにもそういうやつらは何人も見たことあるし」
さすが長寿なだけあって、人生経験も豊富なようだ。
「それ、エルでも同じだから」
「はあ?」
突然の宣言に素っ頓狂な声を上げるエル。これだけ感情表現豊かなのに、よくまあこれまで無事に裏社会で生き抜けてこられたものだとつくづく感心してしまう。
「だから、もしもエルが死んじゃったりしたら、ボクはきっと死ぬほど後悔することになるから。これ、絶対ね。冗談でも何でもなく」
その証拠に、あの抱きしめていた相手をミルファからエルに変えて想像してみた瞬間、あっという間に涙が浮かんできて景色が滲んでいった。
「ちょっ!?いきなりなんで泣いとるんよ!?」
おろおろするエルフちゃんに向かって静かに歩みを進めると、おもむろにその体に抱き着く。
「ふえええっ!?」
「たとえいつも一緒に居なくても、君もボクの大切な仲間だから」
だから命を粗末にするようなことはしないで。
自分のことを卑下するようなことはしないで。
そんな思いが伝わるようにぎゅっと強く抱き着いていた。
しばらくそうしていると、強張っていた彼女の体からゆっくりと力が抜けていった。
同時に耳元に特大のため息を吐く音が聞こえる。
「まさかうちがこんな世の道理もろくに知らんような娘っ子に絆される日がくるとはなあ……」
「そこは目を付けられた相手が悪かったと思って諦めるより他ありませんわね」
「リュカリュカですから、ねえ」
エルの愚痴のような台詞にすかさずミルファとネイトが受け入れるようにと勧めていく。
随分な言い草だったが、その声音は弾んでいるようで。きっと二人とも満面の笑みを浮かべていたことだろう。
そう、まるで墓場の死者が新しい仲間を受け入れる時のような……。
「って誰が墓場の死者だ!」
「今度は一体何の話や!?」
抱き着かれたままの体勢なのに律儀に突っ込みを返してくれるエル。いい子だなあ。本当はとてつもなく年上だけど。
そして何となくボクの言葉の意味を察してしまったのだろう、ミルファとネイトの二人は頬を引きつらせて固まっていましたとさ。
「まあ、それはさておき、ボクたちに泣かれたくなければこれからは命を大事にすること。いいね」
「斬新過ぎるで、その脅迫の仕方……」
疲れ切ったように肩を落としているが、どことなくその声には喜色が滲んでいるように感じられたのだった。
そんな調子で無理矢理八割、屁理屈二割で説得を続けた結果、ボクたちはエルのすぐ側で仕掛けの軌道の瞬間を見守ることができる事になったのだった。
「そしたら、やるで」
言うや否やガコンという音がエルの手が突っ込まれた隙間から聞こえてくる。残念ながら仕掛けはボタン型ではなくレバー型だったようだ。
もう少しくらい溜めてくれても良さそうなものだが、あまり遊んでいるとそれこそ時間がいくらあっても足りなくなりそうなので今回は諦めることにしよう。
「何が起きるのかな?」
ワクワクした気持ちを抑えきれずに入口のある方へと全員で向き直る。
そんなボクたちの視線の先では、二つの出来事が同時に進行していた。