25 朝ご飯と報酬と
女将さんの言葉通り、朝ご飯はすぐにやってきた。
さすがはゲーム、というのは関係なくて、すぐに提供できるようにあらかじめ準備をしてあるのだろう。確か修学旅行で行ったリアルの旅館なんかでも一部はそういう形式だったような記憶があるよ。
その献立はというと、一センチ弱の厚みの食パンが四枚と大きめのボウルに一杯のサラダ、ベーコンエッグにコンソメスープというなかなかに豪勢なものだった。
「お代わりもあるからね。たんとお食べ」
「ありがとうございますぅ……」
空腹状態でいきなり固形物は体が受け付けないという話をどこかで聞いたことがあったので、まずはスープからいただくことにする。
まあ、今のボクは飢餓の状態異常なだけであって、正確には空腹を感じている訳ではないんだけどね。
「ほわあ……。美味しい」
温かいスープが体に染み入ってくる。お味の方も素材の味が生きているという感じでとても美味しい。いつの間にか半分ほどをあっさりと平らげてしまっていたほどだ。
そして状態異常が解消したことでようやくまだエッ君を抱いたままになっていたことに気が付いた。
「ああ!ごめんね!エッ君もご飯食べたいよね」
慌てて隣の椅子に……、座らせると高さが足りないので、女将さんから許可を貰ってテーブルの空いたスペースに乗せてあげる。
「今さらだけど、エッ君はご飯を食べられるの?」
ボクの台詞に体全体で「良く分かんない」と表現するエッ君。
「おやおや、本当に今さらだね……」
一方、女将さんはそんなボクたちを見て呆れたご様子。
まあ、テイマーが自分のテイムモンスターのことを把握していないなんていうことは普通ないだろうから、仕方のない反応ではあるのだろう。
「実は冒険者協会に行く前に、この子をテイムすることになりまして」
「ありゃまあ、そういうことだったのかい。それじゃあ、私が知っていることを教えてあげるさね」
そう言って女将さんが教えてくれたのは次の通り。
一、テイムモンスターになったことで周囲の魔力を吸収する能力が上がっているので、空腹になり難くなっている上、飢餓にはならなくなっている。
二、動物型のものは少量ながらも食事が必要である。
三、植物型は水だけで大丈夫だが、定期的に日光浴をさせなくてはいけない。
四、その他の種類のテイムモンスターの場合、普通の食事の代わりに魔力のこもった物を与えなくてはいけない。
「魔力のこもった物って何ですか?」
「代表的なのは魔物を倒した時にドロップする魔石だね。より強い魔物が落とす質の良い物の方がいいと言われているけど、実際は街のすぐ側に出現する弱い魔物の魔石で十分っていう話さね」
ちなみに、落とすとかドロップするとか表現されているけど、倒した魔物からアイテムを獲得するためには、初期の簡易解体設定では初心者用のナイフを刺して『解体』を宣告する必要があったりします。
さらに余談になるけど、実際に解体できるのは毛皮などの一部に限られているそうで、技能の〔解体〕はそれらをサポートするものではなく、ドロップアイテムの品質を高めるものという扱いだそうだ。
「女将さん、この子は動物型に入るんでしょうか?」
「騎士団の方からあらましは聞いているけど……、その子はドラゴンの子どもなんだろう?それならやっぱり動物型ということになるんじゃないかねえ……」
歯切れ悪くも、一応答えてくれる女将さん。
うん、無茶振りした自覚はあります。ごめんなさい。
「そうそう、さっきの話の魔石だけど、テイムモンスターの餌用として冒険者協会で販売しているそうさね」
それはいい事を聞いた。エッ君が魔石から魔力を吸収できるかどうかを調べる時には活用させてもらおう。まあ、ご飯を食べられるのかどうかを確認するのが先だけど。
「離乳食って訳じゃないけど、食べやすそうな物の方がいいかな」
自分でも安直かなとは思うけど、今はともかく思い付いたことから試していくしかないだろう。
パンを一口大にちぎって、スープに浸してふやかす。
「はい、どうぞ」
差し出された器を見て不思議そうにしていたエッ君だったが、ボクが「こうやって食べるんだよ」と同じようにパンをスープに浸して食べてみせると、どうするべきか分かったようだ。
器の側に寄ると、
「え?」
い、イリュージョン!?
何と次の瞬間には器の中のパンとスープがきれいさっぱり消えていたのだ。
「食べたのかい?」
「そう、みたいです」
その証拠というのもおかしな言い方だけど、エッ君は嬉し気にパタパタと尻尾を振っていたのだ。
「それじゃあ、これは食べられるかな?」
そんな姿が可愛らしくて、ボクは次々に食べさせていった。
その結果分かったことは、エッ君は基本的に何でも食べられるのだけど、いわゆる子ども舌でお肉類や味の濃い目のものを好む傾向にあるようだった。
反対に野菜類、特に生野菜は苦手のようでサラダを食べさせようとすると、体を捩って「いやいや!」をしていた。
テーブルに置かれていた調味料類と、無理を言って少しだけ分けてもらったオリーブオイルで即席のドレッシングを作ってあげたら喜んで食べたけどね。
「へえ!これはなかなかイケるさね!」
予想外だったのが女将さんたちにもやたらと好評だったことだろうか。
オリーブオイルにレモンのしぼり汁を丁寧に混ぜ合わせて、塩と胡椒で味を調えただけの代物なんだけどね。
醤油こそ置かれていなかったものの、調味料類が豊富なのはやっぱりゲームならではのことだと思う。一応設定的には自由交易都市ということで様々なものが集まってくるから、ということらしいのだけど、だからと言ってご自由にお使いくださいとなっているのは無理があると思うのですよ。
「お嬢ちゃん、このドレッシングを家の店で使わせてはもらえないかい?ああ、もちろんお代はちゃんと払うよ!」
そんなに!?一瞬冗談かと思ったけれど、女将さんの顔は真剣そのものだった。
「えっと……、使ってもらうのは問題ないんですけど、お代を貰うほどのものでは――」
「嬢ちゃん、それは違うぞ。今はサラダにかけたが、これは肉や魚にも使える万能ドレッシングだ。金を払う価値は十分にある」
奥の厨房から出てきた調理担当のおじさんが真面目な顔でそう言った。
確かにレモン果汁ベースのさっぱりした味だから大半の食材と相性は良いだろう。それにしてもこれでご自由にどうぞとはいかなくなってしまった。
かといってお金でやり取りするのも、何か違う気がする……。
何かいい代替案はないものか……。
困って動かした視線の先にいたのはエッ君だった。相変わらず楽しそうに残りのご飯を食べている。
……あ、これなら良いかもしれない。
「じゃあ、これからもここに泊まるので、ボクたちの宿泊代とご飯代をタダにしてください」
「そりゃあ構わないけど、どうしてうちに?」
「ここは騎士団とも繋がりがあるんですよね。この子のこともあるから安心して眠れる場所を確保しておきたいんです」
そう言ってエッ君を撫でる。ダシに使っちゃってごめんね。
「そういうことなら任せておけ。小僧どもの巡回回数を増やしてでも安全を確保する」
騎士さんたちを小僧呼ばわりとか、おじさん実はただものじゃない?
「それでもまだうちの方が得をしているさね」
「ボクはテイマーだから、この先もテイムモンスターが増える可能性はあります。その分も含めてお願いするということでどうでしょうか?」
「……分かったよ。これ以上はお嬢ちゃんも譲らなさそうだしね」
こうしてボクたちは、『猟犬のあくび亭』へと逗留することが決まったのだった。