244 人形の秘密(雑談回)
『笑顔』との合同公式イベントが終わってから二日後、その日も『異次元都市メイション』は多くのプレイヤーでにぎわっていた。
特に夜ともなると社会人プレイヤーも参戦してくるので、より一層の人の数となるのである。
そんないつも通りに騒がしかったメイションであるが、公式イベントに由来するとある情報が公開された瞬間、それまでとは打って変わって静かになる。
だがそれは、この後に訪れる特大級の嵐を前にした束の間の静けさだった。
一通り目を通したプレイヤーたちは、事の真偽を確かめようとある者は弾かれたように走り回り、またある者は手近にいた人々と意見を交換し合う。
東の大通り、通称『食道楽』に居を構える食事処兼酒場である『休肝日』もまた、新たな情報に沸くプレイヤーたちの熱気で包まれていた。
そんな客たちの口の滑りを良くしようと、オーナーのフローレンスは給仕のフローラに扮して大量の酒や料理を運び続けていたのだった。
「どうやら『テイマーちゃん』の新しいテイムモンスターの二人は<傀儡師>でいうところの『特別人形』に当たる存在のようね」
「<傀儡師>?『特別人形』?」
「<傀儡師>っていうのは〔傀儡〕技能で無機物とかを操ることのできる職業のことよ。基本職業に関係なく、技能を習得することでクラスチェンジすることができるようになる特殊な上位職業の一つね」
「〔傀儡〕技能の熟練度が上がれば意識のない魔物どころか、意識のある魔物ですら操れるようになるって話だよ」
「後、条件を満たせばアンデッド系の魔物を操れるようになって、<死霊術師>にもなることができるっていう噂もあるわね」
「へ、へえ……。そうなんだ……。まあ、変わった職業だっていうのは分かったかな。それで、『特別人形』っていうのは何なの?」
「読んで字のごとく特別な人形らしいわ。意識や感覚を共有できて、その上<傀儡師>本人の成長に伴って強くなっていくそうよ。その代わりプレイヤー一人当たり一体しか従えることができないんだとか」
「それ以外の普通の人形とかは、〔傀儡〕技能の熟練度によって一度に操ることのできる数を増やすこともできるんだって。まあ、プレイヤー本人がどれだけ器用なのかにも関わってくるみたいだけど」
「ゲーム的には操れる数が増えるだけで、上手く扱えるかどうかはその人次第ってことね」
「おおう、ここにもプレイヤースキルの壁がそびえ立っているなんて……」
「多少は能力値とかで補助があるけど、基本的にはリアルの私たちの思考や経験が元になっているんだから影響があって当然よ」
「そうだねー。コンピュータゲーム時代やそれよりも前のアナログゲームの頃からそれは変わらないよ。何と言ってもゲームを楽しんでいるのは私たち自身なんだからさ」
「脱線した話を元に戻すと、『テイマーちゃん』の場合はパーティーの仲間であるNPC二人が『特別人形』を作ってもらって、それに対してテイムを行いテイムモンスターとした、という流れのようだわ」
「貴重なアイテムが必要な『特別人形』をNPCに作らせたり、さらにそれをテイムしてみようと考えたりする、その発想がまずもっておかしいと思う」
「『冒険日記』によると、『特別人形』作りはNPC二人の熱意に押し負けたようなもので、テイムできると分かったのは〔鑑定〕技能で確認したら表示されていたから、らしいけどね」
「それでも最終的にテイムするって決めたのは彼女なんだから、その責任は『テイマーちゃん』にあると思うけどな」
「確かに曲がりなりにも『コアラちゃん』と渡り合えていたのは、新しいテイムモンスターの二人の力があってこそだったのは間違いないわよね」
「そういう難しい話は置いとくとして。あのエキシビジョンバトルの戦いというと、エッ君の〔不完全ブレス〕は無茶苦茶だったよね……」
「普通に建造物とかも壊すことができちゃうんだよね?『オブジェクト破壊』効果、危険過ぎる……」
「元々は一部ボスの演出用だっけ?何にしてもあんな効果のある技能や闘技なんて危なくて使っていられないわよ。そんな使い勝手が悪い技能なら元からない方がマシだわ」
「あの『テイマーちゃん』ですら「封印する!」って明言しているもんね」
「その一番の理由が「エッ君の負担が大きいから」っていうのが、いかにも彼女らしいけど」
「本当にあの子はテイムモンスターを大事に扱っているよね。そこは素直に尊敬する。どこかの態度の悪い<テイマー>や<サモナー>の連中も見習ってほしいものだわ」
「虐待じみたことをする人もいるって話だもんね」
「行為がリアルにも波及する危険があるからということで、罰則規定が設けられてからは随分減ったけどね。それでも隠れてやっているプレイヤーはどこのゲームでも多少はいると言われているわ」
「困ったちゃんは存在し続ける……!」
「いや、カッコ良さげに言ったところで何の解決策にもなっていないから」
「むしろその微妙な言い切った感がイラつくかも」
「ちょっ!?ちょっとしたお茶目への反応としては酷くない?」
「イラつくと言えば、今回の『冒険日記』の最後、練習用フィールドでの最速攻略タイム自慢は『テイマーちゃん』にしては珍しい内容よね」
「自慢話自体が珍しいかな」
「それだけ嬉しかったんじゃない」
「それもありそうだけど、やたらと「作戦を立てたのは自分」だってアピールしているのが気に掛かるのよ」
「いつもの『テイマーちゃん』なら、チームメンバーの頑張りを誉めているところよね」
「実際、本選でのこととかはそういう書き方をしているし」
「あ、そうなんだ」
「だから、自分の成果をわざと強調しているように思える」
「うーん……?でも、何のために?」
「他のチームメンバーが目立たないようにするため、とかどう?ほら、一度目立つとやたらと話題にされやすくなるもの。それに『笑顔』はMMOだからこっちと違って、ゲーム本編に引きこもるってこともできないから」
「あー、『テイマーちゃん』って結構周りの人たちに気を遣う方のようだから、その可能性はあり得るかもね」
その後、徐々に話題が彼女たちの身近な取りとめのないことに移っていったことを確認して、フローレンスは別のテーブルへと向かうのだった。
〇『特別人形』についての補足
単体でのレベルアップはなく、本人のレベルアップに伴って強化されていく。具体的にはレベルと能力値は本人の半分(端数切り上げ)となる。
技能熟練度は闘技や個別魔法の習得に関わってくるので数値こそそのままだが、実際に使用した際にはこちらも半減されることになる。