231 次の勝負に向けて
さて、ボクがどうやってユーカリちゃんとの競走を引き分けに持ち込んだのか。その方法だけど、答えは簡単。リーヴに力一杯エッ君を投げてもらう、という単純な力技だった。
後から動画を確認したところ、エッ君の方も投げられる瞬間にリーヴの手を踏み台にして蹴ることで、速度を上げるという器用なことをやっていたようだけど。
余談だけど、ボクではなくリーヴに投げてもらったのは、〈筋力〉はともかく彼の方が〈体力〉の数値が高かったからだ。
逆に〈敏捷〉は低いので明後日の方角へエッ君がかっ飛んでいってしまう危険性はあったのだが、そこは上手くコントロールできたようでほっと一安心です。
後、ボクが囮になるというか注目を引くことができれば、とこっそり考えていたのだが、そちらはあっさりと見破られていたもよう。
ユーカリちゃんの腕を飛び出してトテトテと帰ってきたエッ君をしゃがみ込んでナデナデしている間に、リーヴがスッと後方を守るような位置へと移動してきていた。
「エッ君、お疲れ様。リーヴもありがとね。お陰で何とか引き分けには持ち込めたよ」
態度も大事だけれど、ちゃんと言葉にするというのも大切だ。
まあ、あわよくば一歩差で勝利を狙っていたのだけれどね。ユーカリちゃん相手にそこまで都合良くはいかなかった。
ちなみにそのユーカリちゃんだが、ボクたちが触れ合う様をキラキラした瞳で見ております。
「おー……。その子たちが有名な『テイマーちゃん』のテイムモンスターたちなのね。昨日の最後の試合で初お目見えだったから、いろんな所が大騒ぎになっていたよ」
「まあ、ボクの奥の手だったからね。本当はオーバーロードマジックと合わせて『コアラちゃん』と対戦する時まで隠しておきたかったんだけどさ」
どうしてもレベルが低く地力が弱いために、起死回生となるかもしれない手段は一つでも多く隠し持っておきたかったというのが本音のところだ。
この二つがあればいくらユーカリちゃんと言えども、瞬間的に動きを止めることくらいはできただろう。そう考えるとなかなかに惜しい手段をなくしてしまったものだ。
一方で、もしも使用していなければ三回戦もしくは四回戦で敗退することになっていただろう。
チームメンバーの皆のことは気に入っていたし、今日の本番二日目にまで駒を進めるためには必要だったのだから後悔はしていない。
「というか、その言い方からすると、うちの子たちのことは知ってたんだね」
「『冒険日記』は毎回楽しみに読ませてもらっていたよ。中の人があなただとは思ってもみなかったけど。まさか渡してすぐにプレイしてくれているとは思わなかったもの」
「ええ、ええ。おかげさまで見事にどっぷりはまり込んでしまっていますとも」
実際のところ、VRに興味がない訳じゃなかったから。ただ、手を出すための元手となるものがなかったのだ。
里っちゃんから譲ってもらった最新式のヘッドギアだけでなく、フルダイブ用の機器は型落ち品ですら未だにいいお値段がするものなのだ。
バイトも何もしていないのほほん暢気学生が簡単に手を出せるような高根の花ではないのですよ。
そういう事情もあったから、興味本位ですぐにキャラクターの作成を始めてしまった。
そしてゲームを始めてみれば、あれよあれよという間にのめり込んでしまっていたという訳だ。
「でも、驚いたというならボクも同じだよ。まさかゲームの方でも有名プレイヤーになっていたなんて」
その可能性に思い至らなかったのはボクの失点だけど。
「ひねくれ根性を発揮して、人が少ない方にばかり進んでいただけなのにね。そんなのがウケちゃったりするんだから世の中ってホント不思議」
肩をすくめて言うユーカリちゃんは、ちょっぴり遠い目をしておられます。
基本優秀だから中学の時の生徒会長のように責任のある立場を任されやすいのだが、本人が今言ったようにひねくれた一面も持っているのだ。
ああ、だからこそ目立ってしまったのかもね。本心を知らなければ、敷かれたレールの上を走ろうとしないその姿は気高くそして勇気に満ちたものに見えてしまったとしてもおかしくはない、かもしれないと思わないこともなかったりするんじゃないかなと愚考する次第であります。
後、美少女だったことも間違いなく大いに関係していたはずだ。
残念だけど積極的に誰かの内面を見ようとか気にしようとするまでには、それなりに時間などの要因が必要となってくるものなのです。
でも、逆に初対面の時からそこまで踏み込んでこられると逆に引いてしまったり恐怖を感じてしまったりするとも思うの。
要するに、お互いの信頼を得るための下地というものが必要になってくるのだ。
対して外見は初対面の第一印象に直結する。加えて美醜の場合、美の方であれば会話に取り上げても単なる世間話として通用してしまうのだ。
そうしたこともあってユーカリちゃんは目立つプレイヤーとして認識されていってしまったのだろう。
そして本人の意思とはかかわりなく、一度そういう評判ができてしまうと話題にすることへの気遣いだとか遠慮だとかいうものがなくなってしまう。
後は雪原の坂道を転がり落ちる際に雪玉が勝手に大きくなっていくようなものだ。まるで身近な著名人か芸能人のような扱いをされるようになるという訳。
「なんというか、お疲れ様、だね」
「ああ、うん。ありがとう。でも、楽しいこともいっぱいあったから」
それもまた本当だろう。もしも楽しくない方の割合が大きかったならば、多少後ろ髪を引かれようともすぐに切り捨てて別のゲームへと移っていただろうからね。
他人は勝手に優等生のレッテルを張っていくから気付かれ難いのだけど、実は結構シビアな面も持っているのよね、この子。
「ところで、次の勝負はどうするの?」
「あれ?順番からすれば次は『コアラちゃん』の方でしょう。またボクが決めてもいいの?」
「そこはほら、私の方が挑まれる立場だから」
ニッコリ笑顔で言う彼女に、頬がピクピクと引きつっていくのを感じる。
挑発だと分かっていてもイラッとくるわあ。
ちなみに、リアルの里っちゃんならばこんなことはしない。先ほどボクが言ったように、「今度は自分の番だ」と率先して勝負の方法を決めていたことだろう。
優華がリュカリュカに引っ張られているように、里っちゃんもまたユーカリちゃんというキャラクターに引っ張られている部分があるように思える。
「ほほう……。いつの間にか随分とまあ立派に鼻っ柱が伸びているみたい。これはしっかりとへし折って現実の厳しさというものを教えてあげなくちゃいけないよね」
「ふふん。やれるものならね」
顔には笑顔を張り付けたまま、ボクたちはバチバチと火花が飛び散りそうな勢いで睨み合いを開始していた。