229 一つ目の勝負
後半戦が終わるといよいよボクたちの出番となる。各スクリーンやモニターから試合終了の合図が鳴り響いたかと思うと、『間もなく試合会場へと転送いたします』というアウラロウラさんの声が聞こえてくる。
そこからほぼほぼノータイムでエキシビジョンバトル用の特設フィールドへと移動させられていた。
「うわっ!?……え?はあ!?」
「あら?た、立ってる!?」
転移させられたこと自体は特に問題はなかったのだが、その体勢がよろしくなかった。何と強制的に立ちのポーズに変更されていたのだ。
控室では座っていたり寝転んでいたりと、それこそ皆それぞれにある程度くつろぎの姿勢だったこともあって、いきなりの変化に戸惑ってしまう人が続出していた。
「きゃあ!?」
「危ない!……大丈夫だったかな?」
「あ、ありがとう……」
中には転びそうになったところを慌てて隣の人が抱きかかえる、なんてことも起きていた。うわあ、桃色の空気が醸成されている所まであるよ……。
周囲の人たちは、ああ、何とも言えない微妙な顔つきになってしまっている。
それというのも、助けられた方が男性で助けた方が女性だったからだ。つまり、転びそうになって「きゃあ!?」と悲鳴を上げたのが男性の方でして……。
まあ、恐らく中の人は女性で、突然の事態に思わず素が出てしまったということなのだろうね。
せめて中性的で可愛い外見の男の子ならまだ絵になったのかもしれない。
が、現実は厳しいもので、その人は山賊や野盗といったアウトローでイリーガルな荒くれ者な格好をしていたのだった。
しかも髭もじゃで大きな刀傷付きという、真夜中に遭遇してしまったら即座に回れ右した後ダッシュで逃げたくなるような素敵なお顔だったのだ。
キャラクターの外見と中の人は別物とはよく言われることだけど、ここまでが違いがあるとどういう反応をしていいのか分からなくなる。
萌えないギャップはただのギャップなのでした。
本人もどうしたらいいのか分からなくなっているみたいだ。
これから試合が始まるというのに、この気まずい空気はよろしくない。ちょっと強引だけど無理矢理雰囲気を変えてしまうことにしようか。
「はーい、皆さん注目してくださーい!」
まずは本人の者も含めて問題のプレイヤーさんから意識を逸らしてあげる必要がある。そのためわざと大声を出して視線を集めたのだ。
中には無視する人や興味がないと装う人もいたが、肝心な人たちがこちらを向いてくれたので問題なし。
「『テイマーちゃん』、どうかしたのか?」
と、積極的に話を振って来てくれたのは大剣使いのお兄さんだ。
もしかするとボクの狙いに気が付いたのかもしれない。
「試合が始まってからのことを話しておきたいと思いまして」
「試合開始後に何かあるのか?」
「何かあるというより、それしかなくなる?まあ、早い話がボクは『コアラちゃん』との勝負に掛かりきりになると思うので、後はよろしくってことですかね」
「元からそういう話だったからそれは問題ないな。……しかし、今さら聞くのもあれなんだが、本当に一人でうちのギルマスを抑えることができるのか?」
おや、疑っておられる?
まあ、ユーカリちゃんがギルドマスターを務めている『新天地放浪団』のギルドメンバーであるなら、彼女の実力のほどは良く知っているだろうから当然か。
「ぶっちゃけ、何とかなるかどうかは分からないです」
「え?」
「でもまあ、ボクと彼女だけの舞台を作ることはできるかな」
とりあえず見ていてと言い置いてから、フィールドの遥か彼方にある『OAW』の面々が集められている方へ向く。
そして、すうーっと思い切り息を吸い込んで、
「『コアラちゃん』!!フィールドの真ん中にどっちが先に到着するのか勝負だよ!!」
お腹の底からの大声で挑戦状を叩き付けたのだった。
一キロ以上も離れている相手に聞こえるはずがないって?
リーヴをテイムした時の悲鳴が数キロ先のクンビーラの街中にまで到達したボクの声量をなめてもらっては困る。
小さく見える人影がざわざわと動き出したことで、しっかりと向こう側まで届いたことを確信していた。
ただ、こちらの被害に関しては想定外だった。
「きーん…………」
「ぬおお……。み、耳が痛い……」
「な、なにも、聞こえん……」
と、そばにいた人たちが悶えていました。
正面じゃないから問題ないかな、と思っていたのだけど、ちょっと甘かったみたい。微妙に余裕を感じ取れる反応なので、しばらくすれば復活できるんじゃないかなと思っているけど。
まあ、些細なこと――口にしたら怒られるだろうけど――はともかく、あちらからの返答はいかに?
「りょーかーい!!」
乗ってきた!
シンプルな一言が返ってきたことで思わずニヤリと悪者風にほくそ笑んでしまう。
「こんな感じです」
「マジか。まさか『コアラちゃん』がこんなに簡単に乗ってくるなんて……」
ボクたちのやり取りに唖然とする大剣使いのお兄さん。彼によると、ユーカリちゃんは有名な割にギルドメンバー以外との交流は少なかったのだとか。
ボクとしてはそっちの方が驚きなのだけど……。ああ、そういえば彼女が『笑顔』を始めたのはまだ中学生になったばかりの頃だったっけ。リアルでの身バレを防ぐために、余計なことを言ったりしたりということが起きないように交友関係を抑えめにしていたという展開は十分にあり得る。
「という訳で中心部付近に近付くときは十分に気を付けてくださいね。ボクの攻撃は大したことなくても、『コアラちゃん』の方はきっとそうじゃないだろうから。流れ弾に当たってスタートポイントに逆戻り、なんてことになったらカッコ悪いだろうし」
「そ、そうだな。十分気を付けよう」
ブルリと体を震わせるその仕草から、やっぱり遠距離からの攻撃が可能な手段を持っているようだ。
数少ない対戦ゲームでの時の記憶を引っ張り出してみると、確か里っちゃんは近接系の攻撃を好んでいたはずだ。その頃と同じだと仮定すると、武器を持ち換えなくてはいけない物理系の攻撃手段よりも、そうした行動を必要としない魔法攻撃を取得していると思われる。
十分に用心しておかなくちゃ。
それにしても……、お兄さんの背後ではまだ耳キーン状態が続いているのか、「え?何か起こったのか!?」と騒いでいる人たちがいたため場の空気がひたすらにギャグ寄りになってしまっていた。
もうすぐ試合開始だというのに、まったくもって締まらないことこの上ないです……。