218 移動先は……、あれ?
わいわいがやがや。
会場内の様子を一言で表すならば、そんな感じだった。
そして直後の様子がこれ。
ピタッ。シーン……。
おーう……。何やらボクの方を向いたまま全員が固まっておりますですよ。
どうするべ、この状況?と思った次の瞬間、どっと歓声が沸いた。まるで爆発したかのような勢いに、後ずさりしてしまいそうになる。
「よっしゃ!『コアラちゃん』きた!」
「ということは私たちの組が特別枠?」
「だろうな。さすがにこっちの『コアラちゃん』とあっちの『テイマーちゃん』をリーダーにすると言ったんだから、そこは引っ繰り返せないだろう」
んん?
組?
特別枠?
どういうこと?……って、それ以前にボクが『コアラちゃん』!?
嘘!?いつの間にボク、ユーカリちゃんと入れ替わってしまったの!?
なんて、そんなことはなく。ステータス画面を開いてみると、そこにはなじみのある名前や数値がずらりと並んでいたのだった。
あ、空腹度がちょっと増えてる。
一応念のために背中側へと下ろしたフードを確認してみたのだけれど、当然のようにコアラ耳は付いておりませんでしたよ。
しかし、ということは――どこがどうなのかは分からないけれど――間違って『笑顔』プレイヤーの待機場所に送られてしまったということ?
「ギルマス、おはようさん」
困惑しているところに一人の男性プレイヤーが気さくな感じで挨拶をしてきた。
呼び方的にユーカリちゃんが代表を務めているというギルドのメンバーもしくは関係者だろうか?
浅黒い肌に漆黒の短髪、お顔のパーツはかなり整っている部類に入ると思う。引き締まった身体に着けているのは、動きやすさ優先を優先しているのだろう部分鎧だった。
ところが鎧とは正反対なことに、背負われていたのは冗談みたいに太く分厚い大剣だった。マサカリさんの武器も大概だったが、それを超えるインパクトだ。
見た目だけのネタ装備だと言われても絶対に信じたと思うよ。
「……ギルマス?どうかしたのか?俺の剣なんて見慣れているだろ?」
思わず大剣を凝視しまっていたようで、そんなボクの姿に違和感を覚えた彼から疑問の声が上がる。
そうだった!早く誤解を解かなくちゃと顔へと視線を移動させた刹那、彼の目が訝し気に細められたのだった。
「ギルマス……、じゃない?どういうことだ!?おい!アバターは他人に使われたりしないようにリアルの個人情報と厳重に結び付けられているはずだぞ!」
うわお!?どうやら男性は中の人が別人であると判断したらしい。
しかもかなり怒りに感じているようで、柳眉どころか短く切りそろえた髪の毛まで逆立っているように見えた。
まあ、実際にそうであるならば個人情報を不正に取得して他人に成りすましているということであり、れっきとした犯罪行為となるのだから当然と言えば当然か。
しかもそれがゲーム内だけだとしても親しい間柄の相手かもしれないとなれば、ね。
場違いだとは思いながらも、ユーカリちゃんにそんな仲間がいるということが嬉しく思えてしまった。
だからこそ、この誤解は早急に解かなくてはいけない。
「正直に話せ。お前は一体誰ぶわっ!?」
「はいはい。ちょっとは落ち着きなさい。あなたの考えていることは前提から間違ってますからね」
これ以上ヒートアップされては会話にならなくなりそうだったので、〔生活魔法〕技能の【湧水】で作り出した水をパシャっと掛けて強制的に言葉を止めさせる。
べ、別に会話で止めるのが面倒になった訳じゃないんだからね!
なんて冗談はともかく、彼の言葉に同調するように周囲のプレイヤーたちが怪しみ始めていたということもあって、できるだけ早く止める必要があったのですよ。
「最初に言っておくと、ボクは『コアラちゃん』ではありません。『テイマーちゃん』ですから」
うん。その時のプレイヤーの皆さんのお顔と言ったら……!
後からスクショを取らなかったことを後悔するくらいでしたよ。
もっとも、本当に撮影していたら色々と問題にもなった可能性があるので、結果的には余計なことをしでかさないで良かったということになるのだけれど。
「は?『コアラちゃん』じゃない?」
「え?『テイマーちゃん』ってマジ?」
周囲から聞こえる呟くような声にコクリと頷くと、下ろしていたフードをかぶって軽くお辞儀をするようにして何もない頭頂部を見せつけた。
「ほ、ホントだ!?コアラ耳がない!『コアラちゃん』じゃない!」
話が早くて助かる。
が、これだけで理解されるとか、どれだけトレードマーク化してるのよ……。
「ということは、本当に君は『コアラちゃん』じゃないのか?」
「いえす。ワタシ、嘘ツカナイ」
「な、なんで片言?」
「そこはぶっちゃけただのノリです。まあ、重苦しくならないように狙った部分はありますけど。どこでどうミスが発生したのかは不明ですが、ボクたちが深刻になったところで解決できることじゃありませんからね」
「それはまあ、そうなんだが……。なんだか身も蓋もないな」
世の中なんてそんなもの。リアルなんて理解のできない理不尽なことばっかりですぜ。
頭で考えてばかりいないで、体が感じたままに動いた方が良いことだってあるのですよ、多分。
とりあえず彼の言い分には逃げ笑いをしながら肩をすくめることで答えを有耶無耶にしておきましょうかね。
おっと、いけない。忘れるところだった!
運営に今の状況を報告して対応してもらわないと!
緊急メールで「《我、敵方ノ陣ニ出没ス》」とでも送っておけば調査してくれるでしょう。
さて、そうなると今のボクにできる事は時間を潰すことくらいかな。
ふと見回すと、予想外の事態の連続に集まっているプレイヤーの人たちは皆気まずそうな表情になっていた。
ふむふむ。ではまず、この何とも言えない雰囲気を変えることから始めましょうか。
「時間もある事だしご挨拶しときますね。改めまして初めまして。『OAW』プレイヤーの『テイマーちゃん』です。ちょっと訳合ってキャラクターネームは伏せさせてもらってますが、そこのところはご容赦を」
円滑な人間関係は挨拶から始まるからね。『テイマーちゃん』について昨日の紹介以上のことは知らない人もたくさんいるはずだ。
ざっくりとではあるけれど自己紹介をしておきますか。