202 秘密の理由
「するってえと何か、その過剰積み込みっていうのは、名前の通り通常以上にMPを込めることで魔法の威力を上げることができるって訳か」
「大雑把に言うと、そういうことです」
MPを余分に込めるやり方が複数あるなど細かい点はいくつかあるが、そこまで今すぐに解説する必要はないだろう。
「でもよう、そんな便利なドーピング技があるなら、皆やっているんじゃないか?」
ヤマト君の疑問はもっともだ。彼自身も属性魔法の技能を持っていること、まだまだレベルが低いことなどから、攻撃力アップに繋がる手段となるとどうしても気になってしまうということかな。
「理由はいくつか考えられるよ。使用可能になるための条件があるとか、情報が拡散しないようにシステム的な制約があるとか、ね」
アウラロウラさんも「『笑顔』では知る人ぞ知る技術」だと言っていた。ゲーム内で訓練や勉強することで習得できる一般的な技能とは異なり、自力では使用できるようになっていないのではないだろうか。
実際、ステータス画面には一切表記されていないからね。
「例えば、NPCから教わることで初めて使用できるようになっていて、さらに一切口外しないように口止めされている、ということなら一部の人しか知らないということに説明が付きますよね」
ちなみに『OAW』での世界観的設定としては、常に失敗する危険性があるから使用できる人が増えずに一般的な技能としては定着していない、ということになっていたはずだ。
「でも、いくら約束していても、反故にするようなプレイヤーだっているんじゃないかしら?自分以外が全てNPCという『OAW』とは違って、『笑顔』では未だにNPCたちをプレイヤーよりも下に見ている連中が一定数はいるという話よ」
リルキュアさんの言う通り、確かに環境の違いからくる感覚の違いというものはあるかもしれない。
高圧的な性格のロールプレイをしているのでもない限り、『OAW』でNPCたちを見下したような言動を繰り返していれば、まともにストーリーが展開しないどころか日常生活的なものにさえ支障をきたしてしまうだろう。
逆に『笑顔』の場合は、最悪プレイヤーばかりで固まっている、プレイヤー同士でだけ交流するという手段も取れるので、完全に身動きが取れなくなるということはない。
ただ、個人的には「そんな縛りプレイをする意味があるの?」と思ってしまうのだけど、まあ、楽しみ方は人それぞれだからね。
おっと、ついつい話が脱線気味になってしまった。
そんな感じでNPCの言うことを聞かない人だっているはず、というリルキュアさんの懸念だけど、これにもちゃんと解決策は存在している。
「そこでゲームシステムに紐づけという訳です」
もっとも単純で分かり易いのは、実際にペナルティが課されるようにすることだ。
「例えばその情報を教えてくれた時に「誰かに喋った場合は誰からも信用されなくなり、今後一切その技を覚えることができない」とまで言われて、そしてさらにゲームシステムとして本当にそういう設定が施されているとすれば、さすがに躊躇うことになるんじゃないでしょうか」
NPCを下に見ているような人であれば、前半部分がどれだけの効果になるのかは疑問だけど、そこはまあ、ゲーム内での理由付けということで。
それに肝心なのは「違反すれば厳しい罰がある」と認識させることだからね。
「そこまでされていたとなれば、自分の胸の内だけにおさえていたという可能性は十分にありそうです。少なくとも自分ならペナルティが怖くて誰にも言えないですよ」
悪寒を感じたように、遥翔さんはぶるりと体を震わせていた。
「しかし、そこまで厳しく取り締まられていたのに、どうして今回はこんなに簡単にチームメンバーに話しているのでしょうか?」
「そこは該当者じゃないからはっきりとした事は言えませんけど、運営から「この場でだけは話しても良い」みたいな許可が出たのかもしれません」
「この場でだけ?」
「これまで秘密にされてきた情報が限定的ではありますが公開されたんです。ほら、参加賞の一つとしてはなかなか効果的だとは思いませんか?」
あまりに一方的な『キングオブデビル』の試合を見て、慌てて決めたという展開も否定できないけれど。
まあ、その辺を同誤魔化すのかは『笑顔』運営の人たちの仕事だから、気にするだけ無駄というものかもしれない。
ボクの言葉にチームメンバーの皆はしばらく考え込んだ後、「なるほど」と納得していた。多分、無策の状態で対戦相手としてぶつかった時のことを想像したのだろうね。
ボクたちの場合は分散して動くのが基本となっているから、あそこまで一方的に蹂躙されることはないだろうが、苦戦を強いられることになったのは間違いないとも思う。
「そういえば『テイマーちゃん』はこの、過剰積み込みだっけ?使えるのか?それともただ知っていただけ?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!もちろん頑張って練習して使えるようになっているよ!……まあ、それを利用する属性魔法がアレだから、あそこまで強力なものにはならないけど」
ボクがやるとなると、【アクアニードル】か【ウィンドニードル】を強化することになるから、牽制くらいにしかならないような気がする。
大量のMPを消費してそれでは、はっきり言って意味がなさ過ぎる。
「ちょ、ちょっと待ってください!そんな話は『冒険日記』でも出て来ていませんでしたよ!?」
カミングアウトに一番驚いていたのはミザリーさんだった。
「ああ、それがどうも運営の添削対象になっていたみたいでして。公開された方ではその部分はまるっと削除されてましたね」
「いつのものですか!?」
「ええと、ゾイさんからオーバーロードマジックについて教わったのは、初めて冒険者協会に魔法の訓練をお願いした時だから……。ゲームを開始してから一週間以内のことだったと思います」
今から思い返してみてもあの時の訓練は大変だった。命中率を上げるために、わざとMP消費を半減させて数をこなして……。
あれ?過剰積み込みが知られていないとなると、こちらも実は裏技的なものだったりするのかも?
……うん。情報過多になってもいけないし、こちらは今のところは秘密にしておくことにしようかな。
いざという時のための奥の手の一つとして使えるかもしれないもの。
とボクがこっそりそんなことを考えている横では、チームメンバーの皆が「ゲームを始めて一週間で……」と呟きながら唖然としていたのだった。