195 開始五分前
本番一回戦開始五分前。
数分前に試合会場に転移させられたボクたちは、満天の星空の元、というか星々に囲まれた一種幻想的な空間で最後の打ち合わせを行っていた。
ちなみに、この試合でのボクたちのチーム番号は二番。スタート地点は全体マップでいうと右下となっています。
「基本的な動きは話し合った時の通りです。遥翔さんとリルキュアさんが他のチームの近くにまで一気に進攻していくつかのマスを自陣地化、後はそこを中心に撹乱と足止めをしてもらいます。その間にミザリーさんとヤマト君のコンビと、マサカリさんとボクのコンビで近くのマスを自陣地化して点数を稼いでいく、という作戦になります」
この辺りはタイムアタックの時と似たような動きとなるので、混乱するようなことはないと思う。
練習用フィールドの時とは唯一異なるボクとマサカリさんだけど、ボクが先行してあっちこっちに走り回り、スイッチマスなら自分で、ロボットマスならマサカリさんに対処してもらうという流れになるだろう。
ぶっつけ本番にはなるけれど、まあ、何とかなるのではないかと思っている。
「私たち進攻組は途中のマスはどうするの?スイッチだけでも押しておくべき?」
リルキュアさんの問いに、ふるふると顔を横に振る。
「この作戦の鍵は、先手を取って他のチームにプレッシャーをかけることにあります。二人はできるだけ先に進むことを優先してください」
こんな感じで、とボクが示したのはマスの中央から少し離れた場所ばかりを通り抜けるようなルートだった。
「これならロボットマスでも捕まらずに逃げきることができるはずです」
実はこれでもリルキュアさんが確実に逃げ切ることができるとは言い切れなかったりする。だけど、こういう時に発案者やリーダーが不安そうな顔をしていると、味方や仲間の士気を下げる原因となってしまう。
あの里っちゃんですら、「どんなに不安に押しつぶされそうになっていても、不敵で自信満々な態度でいなくちゃいけないの」と自分に言い聞かせていたくらいだ。
完璧にはほど遠い作戦だけど、今はこれを信じるしかない。
「あ、それと状況によっては奥の手を使うつもりですから、皆その心積もりだけはしておいてくださいね」
「奥の手って、あれか……。なあ『テイマーちゃん』、本当にそんなことできるのか?」
ボクの宣言にヤマト君が難しい顔で尋ねてくる。
まあ、練習用フィールドでも使えるという確認をしただけでお披露目はしていなかったから、心配に思うのも無理はないと言えるだろう。
先ほど挙げた事例じゃないけれど、ここは皆の不安を取り除くためにも自信をもって答えなくちゃいけない。
「もちろん大丈夫だよ!まあ、奥の手だからできれば使わずにいられるのが理想なんだけどね」
ついでに肩をすくめて茶化すように付け加えると、皆も「そりゃそうだ」と言わんばかりの顔になる。
良かった。言い方は悪いけれど上手く丸め込めたみたい。後は話題を別方向へと誘導しておくべきかな。
そんなことを考えたからだろうか、ふとあちらこちらから視線が飛んできているのを感じた。
「うーん……。どこのチームの人たちもチラチラとこっちを見てる。『テイマーちゃんと愉快な仲間たち』にしたのは失敗だったかな?」
まだ始まる前だっていうのに、他のチームの人たち全員から警戒の眼差しを向けられておりますよ。
「『テイマーちゃん』の顔は開会式の時のアレで知られていたから、他の名前にしていたとしても変わらなかったんじゃないか。周知することになったのは間違いないだろうけど」
そう言ってヤマト君が屈託なくケラケラと笑う。
まあ、彼が一番「こういうのは定番ネタで行くべきだ」と主張していたくらいだから、ある意味この展開は望んでいた通りになったと言えるのだろう。
ここで一応、他のチームの名前も記しておこうか。
番号一番、右上スタートとなるのが『ファイナルスマッシャーズ』。ダサカッコイイ名前が素敵、かな?
二番はボクたちなので省略して、三番は『ラグナロク(4)』で左上スタートです。チーム名?ああ、うん。直球勝負な感じで良いんじゃないかな。
カッコ内の数字は申請された順番とのこと。つまり少なくともあと三つは『ラグナロク』というチームあるということで……。
左下スタートとなる四番は『ロゼッタさんの意志』。ロゼッタストーンにちなんでいるのかもしれないけれど、ロゼッタさんて誰?
以上の三チームが一回戦の対戦相手となる。
「でも、戦略的に見てもこれはこれでアリなのよね。マサカリや遥翔は『笑顔』ではそれなりに名前が売れているプレイヤーだから」
「そう言うリルキュアさんだって、錬金幼女として一部プレイヤーの間ではすさまじい人気を誇っているんですけどね」
他人事のように言うリルキュアさんに、容赦なく現実を突きつけるミザリーさんです。
確かにアバターだと理解していてもあの愛らしい容姿は反則じみているとすら思ってしまうほどだから、熱狂的なファンが付いていたとしてもおかしくはないところだと思う。
もっとも、本人は納得していないのか、とっても嫌そうな顔をしていたのだけれど。
余談だけど、マサカリさんはトップレベルの戦闘職として、遥翔さんはダンジョン探索のスペシャリストとして名前が知られているそうだ。
「その割に顔は全く知られていないんだけどな。最初の自己紹介の時には『テイマーちゃん』のことで頭がいっぱいになっていたけど、後から思い返して「マジか!?」って叫びそうになったぜ」
とはヤマト君の談だ。つまり、三人は初心者からようやく脱したくらいの彼でも名前を聞いたことがある有名プレイヤーだったという訳。
「まあ、俺も周りのやつらも動画配信とかはしていないからな」
「同じくです。まあ、自分の場合は発見されてからしばらく経ったようなダンジョンばかりを攻略しているので、配信できるほどのネタがないというのが一番の理由ですが」
やはり視聴数を稼げるのは、情報にしろ場所にしろ新しいものを紹介する動画であるようだ。
ちなみに次点となっているのが、いわゆる神業プレイ的なものであるらしい。ただしこちらは過去に外部ツールによるチートが含まれていたためか、コメント等で荒れることも多いのだとか。
そしてその影響もあってか、検証や実証系の動画が視聴数では第三位に食い込んでいるそうだ。
リルキュアさんの場合は、あくまでも限られた極一部のファンの間で有名という感じなので、こちらも一般には顔が知られている訳ではないのでした。
「どうやったところで耳目を集めてしまう『テイマーちゃん』に前に立ってもらうことで、お三方の存在を隠しておけます。その方が結果的には有利に進めることができるのではないでしょうか」
それもそうか。ボクのことを警戒されたところでこちらの作戦に不都合が出るものでもない。
むしろ比較的後方にいるボクに気を取られてくれれば、前線に出ることになる遥翔さんとリルキュアさんの二人が動きやすくなるともいえる。
ここは存分に勘違いをしてもらっておこうかな。




