175 『テイマーちゃん』と『コアラちゃん』
「改めて紹介します。『テイマーちゃん』ことリュカリュカ・ミミルさんです」
「どうも、冒険日記を書かせてもらっているリュカリュカです。今日はよろしくお願いします」
ニッコリ笑ってから頭を下げる。
某ロボットアニメの有名シーンでのアドバイスではないけれど、こういう時には笑顔で対応するのが一番良かったりするのですよ。はい、そこ!笑って誤魔化すとか言わない!
しかもですね、今のボクはリアルでの自分と里っちゃんと良い所取りのハイブリットなので、『絶世の』なんて修飾語が付いても評判負けしないほどの美少女なのだ。
そんな相手から笑いかけられたとなれば、アバターだと理解しながらも見惚れてしまってもおかしくはないだろうね。
実際、相当数の人たちがこちらへと見入ってしまっていた。
まあ、大絶叫した一部プレイヤーの周辺では、それどころではなかったようだけど。
「皆さん、良いリアクションをありがとうございます。さて、それでは畳みかけるようにもう一つのサプライズを紹介しましょうか」
アウラロウラさんがそう言うと、一斉にギョッとした表情を浮かべるプレイヤーの皆様方です。畳みかけるようにとか物騒な台詞だったからそれも当然か。
ちなみに、それを言った当のにゃんこさんは、悪巧みここに極まりけりといったお顔をしておられます。とっても良い笑顔のはずなのに不安感が募っていくとでもいうか、事情を知っているボクですら背筋がゾクゾクとしてきそうだ。
この人に怪談話を語らせたら大変なことになってしまうのではないか。
今回のイベント内容がSF風なもので良かったと、心の底からそう思ってしまった。
「おっと、その前にリュカリュカさん。フードをかぶり直してください」
なにゆえ?と疑問に思うも、そうしないと話が進まなさそうだったので言われた通りにする。
ボクの顔がフードでほとんど見えなくなったことを確認すると、アウラロウラさんは一際大袈裟な動きでプレイヤーたちの方へと向き直った。
「それでは発表します。今回のイベントはなんと!『Other World On-line』、『笑顔』との合同イベントということになるのです!」
その声と同時に、壁の一面が溶けるように消えてしまい、その向こうには鏡写しにしたように似通った光景が広がっていたのだった。
違っていたのはその規模と集まっていた人たちの数くらいなものだろうか。およそ二倍の広さの空間に、こちらの三倍にもなろうかという人数が押し込められていた。
突然の展開に、あちらの人もこちらの人も驚き過ぎて声も出なくなってしまっているようだ。
ゲーム同士の合同企画自体は以前からあったものだが、それぞれのゲームごとに行われるというのが基本だった。
特にフルダイブ型のVRゲームともなると少しの設定の違いが大きなズレとなってしまい易い。
そのため、例えサービス提供元が同じ企業であったとしても、ゲーム同士のイベントを同一の空間で行うことは非常に難しいとされていたのだ。
いくら『笑顔』のシステムの大半を流用して『OAW』が作られたのだとしても、その点に変わりはない。
まさかこんな試みをするなんて、どちらのゲームのプレイヤーたちも想像もしていなかったことだろう。
ただ、ボクと同じようにステージに上がっている二人だけは特に驚いている様子ではなかったことが気になる。
いやまあ、その内の一人はびっくりしているプレイヤーたちの姿がツボにはまったのか大爆笑していたのだけれど。
悪戯が大成功したとでもいうその態度から恐らくは運営、しかもアウラロウラさんのようなAIではなく運営スタッフの人間なのではないだろうかと思う。
問題は残るもう一人の方だ。一見するとリアルでもありそうな服装のその人は、なんと顔のほとんどが隠れてしまうほど深くフードをかぶっていたのだ。
怪しいことこの上ないよね。
……え?ボクだって似たような格好だって?こちらはアウラロウラさんからの指示があったからなので仕方がないのです!
「あっちのステージにいるプレイヤーって、もしかして『コアラちゃん』じゃない?」
「それじゃあ、あっちの連中は本当に『笑顔』のプレイヤーなのか?」
「マジか……。コラボイベどころの騒ぎじゃねえぞ」
徐々に状況を理解してきたのかざわめきが大きくなってくる。
それに伴って、聞くつもりがなくともいくつかの会話は耳に飛び込んでくるようになっていた。
それにしても『コアラちゃん』とは言い得て妙というか何というか。確かに件の人物がかぶっているフードにはコアラの耳のような飾りが付いていた。
その呼び方からすると女性の、しかも若年層のプレイヤーであるのかもしれない。
あっ!
こっち見た!?
じろじろと観察するように見てしまっていたせいなのか、つい視線を逸らしてしまう。
「うわ。これじゃあ、まるっきり怪しい人だよ……」
咄嗟に取ってしまった行動に、自分のことながら呆れてしまいそうになる。別に悪いことをしていた訳ではないのだから引け目を感じる必要などないのに……。
こういう時には、常日頃から堂々としていた里っちゃんが羨ましくなってしまう。
まあ、その彼女いわく「そういう風に見せかけていただけ」らしいのだけど。でも、見せかけだろうと何だろうと、出来てしまうだけでも十分に凄いことだと思うのだよね……。
「こちらが彼女のことを話題にしているように、あちらではリュカリュカさんのことが話題になっているようですね」
「え?」
言われて視線を向こう側のステージ下へと向けてみると、確かにボクの方をチラチラと見ながら話し込んでいるグループがいくつも見つけることができた。
それにしてもどうして話題に?
……ああ、ステージ上にいるから「あれは一体誰なんだ?」的な話題となっているということかな。
「違います。『OAW』と『笑顔』の両方をプレイしている人というのは結構多いのですよ。ですから、『テイマーちゃん』はあちらでもそれなりに知られています」
今ボク、声に出していなかったはずなんですけど?
「細かいことはお気になさらずに。ともかく、こちらの公式イベントに『テイマーちゃん』が参戦するという事前告知から、リュカリュカさんが『テイマーちゃん』であることに思い至ったのではないかと思われます」
「へえ。勘の鋭い人たちがいるんですね。……って、全然細かくないですからね!?心を読むような真似は止めて下さいよ!?」
流されそうになりながらも慌てて釘を刺すと、猫さんは肩をすくめて「善処いたします」と言うのだった。
うーん……。そこはかとなく不安だ。
いや、その前に心を読むなんてことが本当にできるの!?