172 開始直前
そして一週間の時が過ぎ、ついに公式イベント開催の日がやってきた。
ボクはと言えば、まず本編のワールドの方では何とか『武闘都市ヴァジュラ』にまで辿り着くことができていた。道中も心配された国境近くでのいざこざもなく、二人の高レベルプレイヤーがいたこともあって時折出現する魔物を返り討ちにするだけの簡単なお仕事でした。
それでもちょっと思うところがありまして、積極的に戦闘に参加させてもらっていたこともあってか、レベルはようやく大台の十にまで上げることができたのだった。
ただ、ボクが頑張ったためにうちの子たちのレベルアップができなかったのは残念だったね。
さて、ヴァジュラ到着後には目的であるテイムモンスターたちを収納することのできる『ファーム』なるアイテムを購入することもできた。
が、さすがにあれを無事にと言うのは無理があるというものだろう。販売しているお店の店主から、なんと一個当たり十万デナーもすると言われたのだ。
どうやら、ボクたちがクンビーラからやって来たという情報がどこからか伝わっていたようで、どういう意図があったのかは分からないけれどかなり無茶な値段を吹っ掛けられてしまったらしい。
これにおじいちゃんたちが激怒してしまった。
間の悪いことに情報の精度が良くなかったのか、それともあえて教えていなかったのか、その店主はボクたちの素性までは知らなかったのだ。
吹っ掛けて怒らせてしまった相手が『泣く鬼も張り倒す』の片割れだったと知った瞬間の店主や店員たちの顔と言ったら……!!ボクやゾイさんまでもが可哀想だと感じるほどだったとだけ記しておくよ。
まあ、だからといってそれで終わらせるつもりは毛頭なかったのだけれど。リアルの優華とは違って、『OAW』のリュカリュカは吹っ掛けられて泣き寝入りするしかないようなか弱い女の子ではない。
せっかく売ってきた喧嘩なので、熨斗を付けて返してあげることにしました。
「何だ、そんなはした金でいいの」
まずはそう言って、ジャラジャラと金貨十枚をカウンターの上に並べていったのだ。
クンビーラから褒賞として貰ったお金をヴァジュラの、しかもどうにも胡散臭さの拭えない連中に渡さなくてはいけないということに若干の抵抗はあったけれど、これも必要な資金だと思って無理矢理にでも自分を納得させたのだった。
「ところで、ボクからすればはした金だけど、世間一般から見れば十分に大金なんだから、それに見合う商品であることは保証してくれるんでしょうね?」
言外に「もし不良品なんかを掴ませたりすればどうなるか分かっているんだろうな」という脅し文句をちらつかせてあげると、真っ青な顔になって最上級品と交換した上に内部環境を変化させるアイテムを五個サービスで付けてくれたのだった。
ついでに去り際に、
「ボクたちのことを報告するのは構わないけれど、言葉は選んでおいた方がいいよ。ほら、ボクって見た目通り繊細でか弱い女の子だから、からかいの言葉を聞いただけでもショックを受けちゃうんだよね」
と置き土産を残してあげたから、迂闊な動きは取れなくなったと思う。
ボクはともかく、おじいちゃんたちなら裏社会とも繋がりがあってもおかしくはないと、勝手に深読みしてくれるだろう。
後はエルフちゃんたちに任せておけば上手く利用してくれるのではないかな。
そんな調子で本編を進める一方で、メイションで顔を売るという活動も続けていた。
街中のあっちこっちに足を延ばしては露店やお店を出しているプレイヤーたちと積極的に話しをして回った。
時には酒場っぽいところにも入ったりして。リアルでは到底できない悪いことをしているような気分で、ちょっぴりドキドキとしていたのは秘密です。
あれ以降、人形を売ってもらったケイミーさんとは出会うことができてはいなかった。避けられているのか、それともただの偶然なのかは分からない。
公式イベントが始まるより前、ボクが『テイマーちゃん』だと公表されるよりも前に会ってお礼を言いたかったのだけれども、残念ながらその願いは叶わなかったのだった。
そんなことがあった半面、嬉しい出会いもあった。ちょうど時間帯が重なっていたのか、先生さんたち一行にはメイションに行く度に遭遇することができたのだ。
そんな彼らの伝手を頼り、なんとハルバードを購入することもできたのだった。しかも練習用に作ったものだからということで破格の安さで売ってくれた。
まあ、ボクの方がほとんど訓練すらできていない状態なので、公式イベント中に使用することはない気がするけどね。
そうそう、アウラロウラさんが言っていただけあって、メイションではすっかりカツうどんが浸透していたよ。
ボクが作ったようなスタンダードなカツ丼風のものから、洋風、中華風、果ては無国籍料理風にアレンジされたものまで多種多様の展開を見せていたのには驚いた。
しかもまた、どれも美味しいのだ。プロフェッショナルな人たちの凄さの一端を垣間見た気分になってしまったよ。
驚いたと言えば、メイション内にいるNPCたちもそうだ。本編側とは違った特別なAIが搭載されているという話は聞いたことがあったけれど、メタな発言をしたりリアルの情報についてもやたら詳しかったりと、実は中の人がいるのではないかと疑ってしまいたくなるほどだった。
ちなみに、そんなNPCたちには当然ボクの事も伝わっており、ボクが『テイマーちゃん』に繋がるような事を口走らないようにしっかりと監視してくれていたのでありました。
常に一人はボクの視界の中に入るように配置されているのを見て、間違いなく彼ら彼女たちはAIによって統括されているのだと確信することになったよ。
そしてついに、公式イベント開始までおよそ一時間と差し迫っていた。
『広場』にはイベント会場へと転移するためにたくさんのプレイヤーたちが集まって来ている。その人だかりの凄さと言ったらもう!
イモ洗いなんて揶揄される真夏の有名海水浴場か、某有名テーマパークの限定版パレードもかくやという有り様だ。
当初は数が足りないのではないか?とすら言われていたはずなのに、『テイマーちゃん』参戦の一報で一気に参加希望者が増大したらしい。
運営の狙いが見事に当たったという訳だ。
そんな中にあっても、大半の人は友人知人と楽しそうにお喋りをしているし、そうではないプレイヤーたちも冷静に見せかけながらもどことなくワクワク感を隠せていない様子だ。
静かに高まっていく熱気を感じながら、ボクは隅の方でフードを目深にかぶり一人静かに始まりの時が訪れるのを待っていた。