171 リュカリュカという一石による波紋 その3(雑談回)
リアルでは夏の暑さもたけなわな七月の終盤。
夏休みということで学生を中心に日中にログインするプレイヤーの数が増えてはいるが、『異次元都市メイション』の人口密度が最も高くなるのは、決まって日が暮れてからの時間帯であった。
当然、メイションに店を構える者たちにとっては一番のかきいれ時となるのがこの時間帯だ。
店を維持するため、新しい情報を仕入れるために『休肝日』のオーナーであるフローレンスもまた給仕に扮してせっせと働くのだった。
「そういえば、あの吊るされていた運営は何だったんだ?」
「吊るされていた?……ああ!何日か前に『広場』で見世物になっていたやつのことだろう」
「それそれ。直接見ることができなかったし、一時掲示板とかで一気に盛り上がっていたけどすぐに消えてしまったから、ずっと気になっているんだよ」
「吊るされていたのが土曜の日中だったからなあ。お前みたいに後から話題を聞いただけっていう社会人プレイヤーは結構多いみたいだな」
「週休二日が浸透してきたなんて言っているが、そうはいかない職種や業種も多いからなあ」
「上っ面の数字だけ見て満足しているお偉いさんが多いんだよな」
「そういう連中はまだいいべ。鬱陶しいのはこっちの状況も知らずに簡単に「企業努力が足りない」とか言って口を挟んでくるくるやつらだよ。他所の失敗や納期の遅れまでこっちで何とかできるかってんだ!」
「しかも、そういう原因になっている企業ほど杓子定規で、しっかり休日を取らせていたりするから性質が悪い」
「え?その話まじっすか?」
「一般的にはホワイト企業だけど、関連業種間の狭い関係で見ればブラック企業だって話はいくらでも転がってるぞ」
「従業員側にはホワイトでも経営者側にはブラックだっていうのも割とよくある。結局この世の中では、どこかの誰かにしわ寄せが来ているものなんだよ」
「極端な言い方だが、上手く回せないから仕事が滞ったり体調を崩したりして問題になるんだ。だから逆に上手く回せてしまって、本来より多くの仕事を任されてしまっているやつも山ほどいる」
「もしかして、皆さんもそうなんすか?」
「いや。俺は余分な仕事は絶対にノーと言うタイプだから」
「あ、俺はのほほんとしながらちゃっかり逃げるタイプな」
「仕事なんて全部部下に丸投げすればいいんだよ」
「それは止めれ!」
「もちろん冗談だ」
「このタイミングでその冗談はシャレにならんぞ……」
「いつまでもリアルの愚痴を言っても仕方がないから話を戻すが、吊るされていた運営の足元に置かれていた説明によると、一人のプレイヤーに対して個別に相当無茶な介入を無理矢理行おうとしていたらしいぞ。まあ、さすがに何をやらかそうとしたのかまでは書かれていなかったようだが」
「何か便宜を図ろうとでもしたんすか?」
「お咎めを受けるプレイヤーはいなかったようだから、どちらかといえばそのプレイヤーの害になるような事だったんだろう」
「……『OAW』の運営が相当無茶とまで言うとなると、天変地異レベルのことでも起こそうとしたんだろうか?」
「ゲームを始めた直後の『テイマーちゃん』にブラックドラゴンが出てくるイベントをぶつけるくらいぶっ飛んだ連中だから、それくらいのことは十分にあり得そうだ」
「個別のプレイヤーに介入すること自体問題なのに、そのやり方すら悪かったということか」
「その結果、晒し首にされたと」
「いや待て、縄でぐるぐる巻きにされていたようだが、胴体もちゃんとあったっていう話だから!」
「でも、罰の途中だったのに、いきなりいなくなったんだよな?」
「そうらしい。なんでも消える少し前に『広場』にアウラロウラが来ていたそうだ」
「……またおかしな仮装をしていたのか?」
「パッと見はごく普通だったらしいぞ。ええと……。あった、これだ」
「どれどれ……。うん。アウラロウラにしては普通の格好だな。胸元の文字が気になることを除けば」
「職人魂て……。どんな職人で何を作り上げたのやら。知るのが怖い」
「それなんだが、こっちの画像を見てくれ」
「これは、吊るされていたという運営の人間か。うむ。まごうことなきミノムシだな!」
「ちょっと待て。きっちり巻かれているのはいいんだが、その上からもう一回縛られているように見えるんだが?」
「亀の甲羅……、じゃなくて、カメがいるな。しかもリクガメとウミガメが並んでいるように見えるぞ」
「しかも違いが分かるようにしっかりと描き分けているな。……なるほど、職人芸、なのか?」
「知らねえよ」
「だが、まあ、恐らくはこのことを指しているんだろうな。というかそうであって欲しいわ」
「ところで、どうしてアウラロウラは『広場』に現れたんすか?運営のAIだから、基本的には俺らプレイヤーの前には出てこないはずっすよね?」
「それがどうやら、あるプレイヤーを案内していたそうだ」
「なんだそりゃ?」
「なんでも『噴水広場』にやって来たプレイヤーに気安く話しかけていたらしい。で、そのまま一緒に奥の『広場』に向かったんだと」
「アウラロウラに声を掛けられるとか、凄まじく目立っただろうな」
「ああ。何かイベントでも発生するのかとぞろぞろと大勢が後をついて行ったそうだぞ」
「行列までできたのかよ……。俺なら絶対に即ログアウトするわ」
「俺もだな。いくらアバターでも悪目立ちはしたくない」
「そう考えると凄いな、そのプレイヤー。行列の先頭で、しかも隣にはアウラロウラがいるんだろう。罰ゲーム並みに注目されたはずだぞ。それこそ吊られていた運営と同じくらい目立っていたんじゃないか。どんなプレイヤーだったんだろうか?」
「外見は超が付きそうなくらいの美少女だったらしい」
「美少女!?でも、その割に騒がれていないっすよね?」
「ファンクラブを結成しようだとか言って騒いでいる連中もいるみたいではあるけどな。ただ、こっちでは自由に外見を作ることができるからなあ。後、ここ数日は毎日のようにメイションに来て、街中を歩き回っているってことも関係あるようだぞ」
「ああ。レアキャラじゃないから炎上騒ぎにまでは至っていないということか」
「へー。それじゃあ、俺たちも会うことがあるかもしれないっすね」
「美少女との出会いか……。胸が熱くなるな!」
「できれば中の人も美少女だったらいいんだけどな」
「それは……、過度の期待は禁物ってやつだろうよ」
心の中で「ああ、多分あの人のことだろうな」と思いながら、今日もフローレンスは客たちの会話をこっそりと聞いていた。